名前を呼べば振り返った円い瞳と視線が交わった。近づけばその目は俺の顔を見上げてくる。


「どうしたの?」
「もう部屋行くのか?」
「うん、塾の宿題やんなきゃ」
「そうか、大変だな」
「一応受験生だからね」
「呼び止めちまって悪かったな。頑張れよ」
「ううん、ありがと」


小さく沙季が笑った。彼女の横を通り過ぎる。もう少し話したい気持ちもあったが、邪魔をするわけにはいかない。リビングに入る前に何気なくさっきの場所を見ると、そこにはもういないと思っていた沙季の姿があった。何故か首裏を押さえている。


「沙季?」
「うわっ」


声をかけると大げさに肩を跳ねさせた。首を押さえたまま身体ごとこちらを向く。そんなに驚くことだろうか。もう一度彼女に歩み寄れば、俺を見上げ苦笑した。


「首、痛ェのか?」
「いや、ちょっと疲れちゃっただけ。勉強中ずっと下向いてるからかな」
「大丈夫か?」
「うん。元親とかは背高いから、見上げて話してると首疲れてくるんだよね」


すぐに言葉を返せなかったのは、なんとなく、この時代で言うショックというやつを受けたからだ。お前と話してるから疲れると言われてたようである。沙季に悪気はないのだろうが。


「悪い……」
「え? ……え、いや元親のせいとかじゃないよ!?」
「縮むわけにもいかねえしな」
「違うよ! 元親のせいとかそういう意味で言ったんじゃなくて、見上げると首は痛くなるよねっていう……」


急に焦りだした沙季に多少驚いたあと笑いそうになった。なにが言いたいのかいまいちよくわからなかったが、とにかく単純に首が疲れるというだけらしい、わかってはいたが実際言われてほっとした。名前の首裏に片手をやる。そのまま近づけば、沙季の顔は簡単に俺の身体にぶつかった。


「ぶっ」
「マッサージ、だったか? してやるからじっとしてな」


首裏に回した指に力を入れる。筋肉をほぐせば疲れが取れるらしいのだ。痛くはならないように加減を考えながら指を動かす。驚きからかかなり強張っていた沙季の身体も、段々と力が抜けていったように感じた。


「どうだ?」
「あー、いい感じ……」
「そりゃ良かった」
「元親、ちょっと痛、あ」
「わ、悪ィ」


たまに力んで身体は強張り、痛いのか小さく声が漏れる。そして力が抜けたときに無意識に擦り寄せられる顔。……ヤベえ、なんか変な気分になってきた。鼓動が嫌に早くなる。このまま行くとマズい気がした俺は、マッサージとやらを止め沙季から距離をとった。


「こんなもんか?」
「うん、楽になった。ありがとう」
「そ、そうか」
「気持ち良かったよ」


そう言って笑う沙季。気持ちいいとか言わないでくれ。そのままそそくさと逃げるように沙季の元を離れた俺を、彼女が不思議そうな顔をして見ていただろうことは容易に想像できるのであった。



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