一度家に帰り、時間になると制服のまま家を出た。日が長いとは言え八時にもなると暗くなってくる。夜の公園で彼女を一人待たせるわけにもいかない。そう思い二十分前には公園に着いたがそこには既に名前殿の姿があった。


「申し訳ない、待たせてしまい」
「ううん、さっき来たところだよ」


そう言って小さく笑った。久しぶりに彼女をちゃんと見た気がする。ここに来るまでにドキドキとしていた鼓動が更に速くなる。


「ごめん、こんな時間に」
「いえ」
「どうしても今日言いたかったから」


別れ話という単語が真っ先に頭を支配した。あのとき元親殿が言うより先に、メールを見て一番に思ったこと。今まで別れたいと思われても仕方のないことをした。こんな俺と一ヶ月も恋人でいようとしてくれたこと自体、驚愕すべきことなのかもしれない。暑さからではない嫌な汗が流れ手に変に力が入る。彼女の口が開く様子を見つめる。吐き出される言葉を聞きたくなかった。


「い、嫌だ!」
「……え?」


俺が叫んだことに、前に立つ名前殿が目を円くした。情けない顔の俺が彼女の目に写っている。情けない、本当に。


「別れたくない」
「え、え? あの」
「好きだ」


何かを言おうとしていた彼女の口が閉じられる。驚きをそのまま表した名前殿の顔を外灯の薄い明かりが照らしていた。


「今までの態度、本当に申し訳ござらんかった。某のせいで名前殿に悲しい想いをさせてしまったこと、簡単に許されるとは思っておりませぬ」
「………」
「でも俺は、名前殿が好きだ。好きなのだ! これからはずっと大切にいたす。だからどうか……」


彼女に対する想いが溢れ出るような感じだった。もっと色々考えてきたのに、好きだしか言葉が出てこない。ここで伝えなくてはきっと全て駄目になってしまう。まだまだ言いたいことはあったのに、それらは途中で出てこなくなってしまった。名前殿の目から落ちる涙を見てしまったからだ。ぼろぼろと次から次へと溢れるそれに、焦りが隠せない。


「如何いたした!?」
「ご、ごめん……」


泣くほど、嫌だったのだろうか。今の俺の気持ちは彼女にとって迷惑でしかないのか。嗚咽を漏らしながら手で目元を押さえる名前殿に、俺まで泣きたい気持ちになった。


「ごめん……」
「謝らないで、下され」
「私は、別れたくて来たんじゃないよ」
「……え?」
「謝って、幸村くんの気持ちを聞きたくて」
「何を……」
「昨日、追いかけてくれたのに話聞かなかった」


ごめん、と言って泣き続ける名前殿。頭がついていかない。それは元はといえば俺のせいだ。謝るべきは俺であって、彼女が言う必要は全くないのに。


「付き合ってから幸村くんが私を避けてるのは、無理に付き合ってるからじゃないかって、きっと私だけ好きだからだって思って」
「それは……!」
「ずっと逃げてたけど、今日は幸村くんに本当に思ってること聞きにきた。別れたいって言われたら、別れなきゃって思ってた」
「そんな……」
「だから今言ってくれたのが嬉しくて」
「………」
「好き、好きだよ」


落ち着き始めていた彼女が再び嗚咽を漏らした。彼女の声が薄暗い公園の静かな空気を震わせる。名前殿がしたかったのは別れ話などではなかった。こんな俺をまだ好いてくれている。泣きながら好きだと言ってくれる。思わず泣きそうになる、どうしようもない愛しさが込み上げた。


顔を上げた彼女の身体を引き寄せて、自分の口を同じものに重ねた。目を閉じる前に見開かれた彼女の目が視界に入る。だが気には留めなかった。ハッとしたのは何秒経ったころだっただろう。冷静になってきて自分がとんでもないことをしていると自覚した。彼女の腕は掴んだまま素早く距離をとる。名前殿は涙を止め目を円くして俺を見上げていた。


「申し訳ござらぬ!」
「…え」
「お、お許し下され」


自分の顔が尋常じゃなく赤くなっているだろうことがわかる。顔だけではなく全身が熱い。恥ずかしい。でも心は正直で、確実に嬉しいと思っている。頭を下げようとした俺を名前殿が止めた。


「謝る必要ない」
「しかし、あのような破廉恥な……!」
「嬉しい」
「……え」
「好きだよ」


泣きそうな顔で笑う姿にまた心拍数が上がった。死んでしまうのではないかと思うほどうるさくなる心臓に、俺はどうしようもなく彼女が好きなんだと思い知らされる。彼女の手を強く握って、俺も好きだと呟いた。



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