※15話彼女視点


「真田くんたちって続いてんの?」
「らしいよ。でももう別れそうなんでしょ?」
「でもそう言って一ヶ月経つよね」
「付き合ってるようには見えないよねえ」
「真田くんは別れたいけど別れられないって聞いたよ」
「そうなの?」
「真田くんから告白したからフれないって」
「マジ? でも真田くん真面目だし、そういうとこ気にしそうだよね」
「えー! それは名字さんかわいそう……」
「ね……」


遠ざかっていく話し声が変わらず耳に届く。個室から出ようにも、自分の話をされていたのでは出られなかった。目からの雫が零れないようにきつく目を閉じる。


別れそう、という言葉を直接ではないがもう何度も言われてきた。付き合ってから急に態度がよそよそしくなった幸村くん。最初は恥ずかしいのかと思ったし本人もそう言っていた。いつか元に戻るだろうと思っていたのだ。だがそれとは逆に今では明らかに避けられてしまっている。どうしてか理由がわからない、こんな状態のまま一ヶ月が経った。付き合ってるように見えないのも当然だろう。今の私たちにあるのは恋人という肩書きだけだ。さっきだって猿飛くんたちに背中を押されて、日曜日に出かけようと誘ってみたけれど断られてしまった。周りに言われるのが恥ずかしいだけなら休日で二人なら大丈夫だろう思っていたが、やはりそれだけではなかったのだ。私といることが嫌なのだろうとわかってしまった。泣きそうになったのはきっとばれてはいないはずだ。


重い足取りで部活に向かったり帰宅する生徒たちとすれ違う廊下を歩く。人も少なくなった教室前の廊下に一房の髪を揺らす男子を見つけた。見間違えることなどない、幸村くんだ。会話があまりなくたって二人一緒に帰れる放課後。唯一恋人らしいことができる時間。さっきまでのことは一旦忘れよう。言おう、一緒に帰ろうって。


「あ、真田くん!」


開いた口からは言葉は出なかった。私より先に彼を呼んだのは隣の教室から出てきた女の子。彼の丸い瞳が彼女を写す。


「如何致した?」
「大富豪やるんだけど一緒にやらない? ラスト一回だから大人数でやりたくて」
「悪いが某ルールがよくわからぬのだ」
「私が教えるよ」
「おお、よいのでござるか」
「もちろん。あ、でも真田くん名前ちゃんと帰るのか」
「あ、いや……」
「あはは、顔赤い。じゃあ名前ちゃん来るまで一緒にやろうよ」
「うむ」


扉の前で話ていた二人が教室の中に入っていく。私と帰るからってなんで言ってくれないの? なんで私とは話そうともしないのに他の娘とは遊ぶんだろう。なんで私の目は見てくれないのに他の娘とは目を見て話すんだろう。なんで私といるときは笑ってくれないのに他の娘には笑いかけるんだろう。なんで。


気づいたときには逆方向に歩き出してた。幸村くんが女の子と一緒にいる教室になんか行けない。行きたくない。歩くスピードが上がっていく。人気のないところまで来て漸く足を止めた。息が乱れる。


「名前!」


背後から急に肩を掴まれ驚きで手が置かれたそこが跳ねた。バッと振り返った先にいたのは綺麗な金髪の友人。


「かすが……」
「声をかけたのに、気付かなかっただろう」
「………」
「こんなところに来て、どうしたんだ」


整った眉を下げて私の目をじっと見る。だめだ、視界がどんどん滲んでいく。かすがの目が大きく見開かれた。


「かすが……」
「何があったんだ」
「幸村くんは私のことなんか、好きじゃない」
「………」
「でも、私は、」


それより先の言葉は嗚咽に消されて出てこなかった。今まで溜めていたものが溢れ出す。私は幸村くんが好きだ。恋人とは言えないこんな状態でも、避けられていても、別れたくなんかないほど。いつの間にこんなに好きになってしまったんだろう。しゃくりあげる私の頭をかすがの手が撫でる。優しい手つきに涙が止まらなくなった。


「名前、今日は真田とは帰るな」
「……うん」
「私と一緒に帰ろう」
「かすが今日は上杉さんと会う日でしょ? 一人で帰るよ」
「だが、」
「大丈夫、ありがとう」


ぎこちないだろう笑みでそう言った私にかすがは不満そうにだが頷いた。


「じゃあまたね」
「名前」
「ん?」
「何かあったら私になんでも言え。一人で溜め込むな」
「うん、ありがと」


かすがの言葉にまた泣いてしまいそうになった。必死に堪えて昇降口に向かって歩き出す。私を見送ったあとのかすがが怒りを全面に出して教室に向かっていったことなど知る由もなかった。






もう私と幸村くんはダメなのかもしれない。彼が別れを切り出さないのはトイレで誰かが言っていたように、自ら告白した手前別れられないからだろう。優しい彼がそうできないのを私はわかっていて、利用してる。避けられている理由を聞けないのだって彼に好きではないからと、本当はもう別れたいのだと言われるのが怖いからだ。


「名前殿!」


ぼんやりと歩いていたときいきなり後ろから引かれた左腕。見開かれているだろう目に映ったのは私の脳内を占めていた幸村くんだった。心臓が跳ねる。


「幸村くん」
「あの……」
「幸村くんは、私といたくないのかな……」
「……え?」
「無理に付き合ってくれなくても、いいんだよ」
「ち、が」
「ごめん」


手を振り払って走り出す。彼を見て思わず口から出てしまった言葉にどうしようもなく後悔した。幸村くんの歪められた顔が頭に焼き付く。結局私は逃げた。別れてくれと言われるのが怖かった。聞くことなんかできない癖に。


「最低だ」


こんな中途半端な気持ちで彼の手を振り払った私は。足を止めまた涙を流し出した目を両手で覆う。瞼の裏に浮かぶのは、どうしたって大好きな彼だけだった。



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