「幸村くん」
「な、何でござろうか」


トイレから戻った幸村に教室の前で一人立っていた名前が声をかける。廊下で待っていたのは、皆がいる教室で自分と話すのは嫌かもしれないと思った名前の考えからだった。顔を赤くする幸村に名前が笑いかける。


「今週の日曜日、暇?」
「日曜日?」
「よかったら一緒に出掛けない?」


これは世間一般にいうデートというやつだろうか。幸村の顔に熱が集まる。今週の日曜は確かに暇だ。誘ってくれるのはすごく嬉しい。二人で出かけてみたいとも思う。だが、今の俺と行っても彼女はきっと楽しくない。楽しませる、自信もない。幸村は暫く目を泳がせたあと、視線を下げて口を開いた。


「申し訳ござらぬが、日曜は用事が……」
「え? そっか……」
「すまぬ」
「ううん、じゃあまた今度」


そう言って教室に戻る名前を見つめる幸村の拳に力が入った。嘘をついて断ったことをもう後悔している。もっと一緒にいたいと思うのにどうしてこんなにも上手くできないのか。


******


「旦那」
「おお」


今日の放課後は用事があるから先に帰ると名前からメールがあったため、一人のろのろとかばんに荷物を詰めていた幸村。そんな彼に佐助たちが声をかける。にやにやと笑う彼らに幸村は不思議そうな顔をした。


「日曜日、名前ちゃんと出かけるんでしょ?」
「え?」
「え、じゃねえよ」
「誘われただろ?」
「……お断りいたした」


俯いた幸村から発せられた言葉に一瞬沈黙が流れる。だがすぐにそれは破られた。


「はあ!?」
「マジで言ってんのか!?」
「う、うむ」
「何で断ったんだ」
「そ、某と出掛けても名前殿はつまらぬだろうと、」
「だから断ったのか!?」


声を大にする友人たちを幸村が唖然とした表情で見つめる。嘘をついたのは悪いが、幸村なりの名前に気を遣っての行動だったのだ。彼らの怒りの様子に幸村は何も言えなくなる。


「名前ちゃん、幸村が日曜日空いてるって知ってたんだよ!」
「……え?」
「俺たちが名前に、真田は暇だから誘えって言ったんだよ」
「断っちまうこと考えてなかったな……」
「名前ちゃんは幸村に嘘ついて断られたってわかってるよ」
「自分と行きたくないからだって思うぞ、それは」


幸村が目を見開く。名前殿は知っていた、自分が日曜は空いていることを。断ったとき一瞬目を円くしたように見えたのはそのせいだったのだろうか。幸村の顔に冷や汗が流れる。呆然とする幸村を見て政宗たちも口を閉じかけた。そのとき足音を響かせ教室に現れたのは鬼のような形相のかすが。目を円くする佐助たちを押し退け、女性とは思えない力で幸村の胸ぐらを掴んだ。


「お前はいい加減にしたらどうだ!」
「おい、かすが!」
「名前に何をした! 泣いていたんだぞ!」
「泣いて……」
「お前がそんな態度だから、名前はずっと悲しんでいたんだ!」


叫ぶようにそう言ったあと、かすがは大きく舌打ちをした。彼女が手を乱暴に離したことにより、よろけた幸村が机にぶつかる。机の足と床が擦れる耳障りな音が響いた。


「旦那、名前ちゃんのこと追いかけな」


佐助の諭すような言葉にゆるりと頷いたあと、幸村は教室を飛び出した。昇降口でスニーカーに履き替え、いつも彼女と共に通る道を可能な限りの速さで走る。暫く走ったあと、名前の後ろ姿を見つけた。名前を呼んで細い腕を引く。見開かれた彼女の目は赤くなり泣いたことは一目でわかった。幸村は苦しさと罪悪感に襲われる。


「幸村くん」
「あ、の……」


何を言えばいいのだ。すまない、許してくれ、と言えば許されるのか? それだけでいいとは思えない。腕を握ったまま何も言わない幸村より先に口を開いたのは名前だった。


「幸村くんは、私といたくないのかな……」
「……え?」
「無理に付き合ってくれなくても、いいんだよ」
「ちっ、が」
「ごめん」


腕を握っていた幸村の手を振り払って走り去る。手を宙に浮かせたまま、幸村はその場から動けない。名前が走っていった方向をただ呆然と見つめて立ち尽くすだけだった。



15



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -