「え!? 幸村休み!?」
「アイツ風邪ひくのか!」
「あの真田が……」


信じられないという顔をする三人の前で、佐助は盛大なため息をついた。彼らが大きな声で叫んだことで他のクラスメイトたちにも会話が聞こえたらしい。大丈夫かと声をかけてくる者たちに、けっこう酷いのよ、と返す佐助は少し困り顔だった。


「旦那が風邪ひくなんて小学校低学年以来だ」
「中学は休んだことなかったもんな」
「うん。しかも熱が三十九度超えちゃってさ……」
「おいおい、どうしたんだ」
「なんでこの時期に?」


二年生になって二ヶ月が経った今は六月。風邪が流行している時期ではない。昨日もクラスの欠席は一人もいなかったのだ。佐助は形のいい顎を掌に乗せて頬杖をつく。たぶん、と言ってゆっくり口を開いた。


「名前ちゃんを好きだって自覚したからだと思う」
「それが風邪に繋がんのか?」
「いや。でも、何で今まで気付かなかったんだろうとか、自覚したけどどうすればいいかわからないとかで不安定で寝不足なところを、ウイルスにつけこまれたんじゃないかと……」
「おお、なるほど」
「恋患いのはずが、ホントに風邪患っちまったってことか」
「恋の病も風邪も重症だね」
「ほんとだよ」


はあ、と四人同時にため息を漏らした丁度そのとき幸村の患いの原因である彼女が登校してきた。挨拶をしたがどこか元気のない四人に名前が不思議そうな顔をする。


「どうしたの?」
「いや、実はさあ、真田の旦那が風邪ひいちゃったんだよね」
「え!」
「熱も三十九度以上あってさ」
「さ、三十九度……!?」
「あんま風邪ひかないもんだから本人もまいっちゃって」
「そうなんだ……」
「だから名前ちゃん、旦那のお見舞い来てあげてくれない?」
「え?」


いかにも心配そうな顔をする名前に、いけるかと思った佐助が彼女にした頼みごと。予想外のことに驚いたのか名前が数回瞬きをする。


「バイトとか、ある? 無理かな?」
「え、ううん、行くよ! バイトはあるけど、それまでなら」
「マジ!? ありがとう!」


こんなに早くいい返事がもらえると思ってなかったのだろう佐助が目を輝かせた。彼以外の三人もびっくりだと言いたげな顔をしている。席に戻って行った名前を目で追った佐助は、よし! と小さく呟いた。


「わざわざ見舞いに行くって……」
「結構脈ありなんじゃねえか!?」
「いいね! 恋患いの方には名前ちゃんが一番いい薬だと思うよ!」
「やっぱり?」


テンションの妙に高い四人がにやりと笑顔を見せる。そんな彼らを見て登校してきたかすがが眉を寄せた。が、事情を聞いて理由がわかったらしい。風邪をもらわないようにしろよ、とかすがが名前に忠告する姿が後に見られたとか。



******



「う……」


ベッドで布団を被り何の理由もなく天井を見つめる。暑いのか寒いのかよくわからない。熱を出すのは久しぶり過ぎて慣れていない。食欲はあるので佐助の作った弁当を食べ薬を飲んだが、熱は朝から下がっていないことを体温計が示していた。お館様は一昨日から家をあけておられるし、心配だから自分も休もうかと言った佐助は学校に行かせた。熱のときに家に一人だとどうも心細く感じる。ぼーっとする頭で寝返りを打つが、なかなか眠れない。


「名前殿……」


無意識に口から飛び出したのは、自分が慕う女子の名前。好きだと気づいたのは三日前の金曜日。俺が名前殿を好きだと佐助たちに言ったとき、やっと気づいたのか!と口々に言われた。最初意味がわからなかったが、佐助に「旦那が自覚してなかっただけでアンタは前から名前ちゃんが好きだったんだよ」と言われて、驚きで言葉も出なかった。佐助たちは俺が名前殿を好きだとわかっていたらしい。端から見ればバレバレだったと言う。たぶん名前殿以外のクラスの者たちも気づいてる、と言われたときはとにかく恥ずかしかった。周りの方が気づいているなんて、自分はどうかしている。どうして俺は今まで気付かなかったのだろう。前に慶次殿が言っていた、恋をしたらこうなるというのが当てはまっていたのに。自覚したら今まで以上に彼女のことを考えている。思い返してみれば、俺は明らかに名前殿に気があったのだ。恋は破廉恥だと言っていた自分が恋をしてしまった。……どうすればいいのだろう。もんもんと考えていること十数分、再び眠気がやってきた。ゆっくりと瞬きをし繰り返す。そのとき不意に玄関が開く音がした。佐助が帰ってきたらしい。部屋に近づいてくる足音は一つじゃない。政宗殿たちだろうか。


「旦那ー、入るよ」
「うむ」
「どうだい? 体調は」
「まあまあ、だ」


扉を開けて現れた佐助に顔だけ向ける。あんまよくなってないみたいだね……、という呟きに頷くだけで返した。不意に佐助が後ろを向き、入ってきて、と声をかける。やはり政宗殿たちが来ているようだ。だが姿を現したのは予想外の人物で、俺は自分でも驚きの速さで上半身を起こした。


「名前殿!?」
「幸村くん、大丈夫?じゃないよね……」


部屋に入ってきたのは他でもない名前殿。ぼーっとしていた頭が一気に覚醒した。彼女の後ろに立つ佐助がにやにやと笑っている。


「ごめん、じゃあ俺様ちょっと買い物行ってくるから。旦那のことよろしくね」
「さ、佐助!」
「うん、わかった。いってらっしゃい」
「いってきまーす」


そう言ってすぐに佐助は部屋を出ていった。パタンという扉が閉まる音が妙に響く。


「あ! 幸村くん、寝てないと!」
「う、うむ!」


ベッドの隣に小走りできた名前殿に僅かに肩が跳ねた。すぐに布団を被り顔半分までそれを上げる。どうしよう、名前殿だ。今まで以上に可憐に見えてしまうのは、好きだと気づいたからなのか。腰を降ろしごそごそとコンビニの袋を漁る彼女に目だけを向けた。


「ゼリー買ってきたんだけど、食べれるかな?」
「た、食べまする」
「はい、どうぞ」
「忝のう、ござる」
「飲み物とかいる?」
「まだあります故、大丈夫でござる」
「そっか。欲しいものあったら言ってね」


再び上半身を起こした自分を床に座る名前殿が見上げる。風邪とは違う熱が上がるのがわかった。でもこれは嫌な熱じゃない。彼女が買ってきてくれたゼリーは冷たくて美味かった。


「熱、朝より下がった?」
「あまり変わっておりませんでした」
「……ちょっとごめんね」


伸びてきた手を見て小さく掠れた声が漏れた。名前殿の手が熱冷まシートを剥がしていた自分の額に優しく触れる。少し冷たい彼女の手は気持ちがいい。熱が上がったのは気のせいではないだろう。


「うわ、すごい熱い……」
「あの、」
「あ! 熱冷まシートも買ってきたんだった」


離れた手を残念に思った自分を心の中で一喝した。名前殿は袋から熱冷まシートを出し、それを丁寧に俺の額に貼る。その動作にもまた顔が熱くなってしまった。


「幸村くん、寝ていいよ?」
「しかし、名前殿がおられるのに眠るのは……」
「病人なんだからそんなの気にしなくていいよ! ほら寝て寝て」


ベッドに横たわった状態で暫く名前殿と言葉を交わしていたのだが、だんだんと眠気が襲ってきた。まだ話していたいという思いとは裏腹に下がってくる瞼。名前殿はそれに気づいたらしい。


「まだいるから、用事があったら言ってね」
「ああ……」


名前殿がいる。そう思うと深く眠れる気がした。もう心細さもない。彼女の顔を最後に視界に納めて、俺は眠りに落ちていった。










「おはよう、旦那」
「佐助……?」


目を開けるとそこにいたのは買い物に出ていたはずの佐助。勢いよく起き上がった俺に驚いたように佐助は身を後ろに引いた。部屋中を見渡す。彼女の姿がない。


「名前ちゃんならさっきバイト向かったよ」
「な、何故起こさなかったのだ!」
「名前ちゃんが眠らしといてって言ったんだぜ?」
「礼もちゃんと言えておらぬのに……」
「早く治して学校で言いなよ。名前ちゃんもその方が喜ぶって」


少々不満は残るが佐助の言葉に頷いた。早く治して、学校に行こう。熱を計るとかなり下がっていて、佐助が驚いていた。名前ちゃんの方が効いた……、とよくわからないことを言っていたが。そのあと来てくれた政宗殿たちに、名前殿が見舞いに来て嬉しかっただろ、何を話したんだなどといろいろと質問されたのはまた別の話。



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