「ぬお!」
「どうしたの?」
「明日提出の紙を置いてきてしまった……」
「あらら」
「とってきたらどうだ? 待ってるぜ」
「忝のうござる」


校門を出る前に気づいてよかったと思いながら踵を返し、教室に向かった。吹奏楽部が練習している音を聞きながら校舎内を走る。たどり着いた教室には、まだ電気がついていた。誰かいるのか? そう思い中に入ると自分の腕を枕に寝ているらしい生徒が。その生徒の席は自分の隣。


「名前殿!」


無意識に叫んでしまったことに気づき急いで手で口を塞いだ。よかった、彼女は起きていない。静かに自分の席に近づき目的のものを取る。熟睡しているのか、起きる気配はない。自分の方に寝顔が向いていて妙にドキドキとする。彼女が起きているときは恥ずかしくて、こんなにじっとは見ていられない。


起きてほしいような、起きてほしくないような。彼女の髪に無意識に伸びていた手を、ハッとして急いで引っ込めた。触ろうとしたことに、破廉恥だとか申し訳ないとかで顔が熱くなる。何をしているのだろう。誰かを、待っているのだろうか。


(もしや……)


恋人の部活が終わるのをここで待っているのか。前に自分に携帯を届けてくれたときも、彼女は教室に残っていたということだ。彼女にそういう存在がいるというのは聞いたことがないが、いても何もおかしくない。


熱が下がり、体が冷えるような感覚がした。彼女に触れて、彼女にいつも笑顔を向けられている者がいるかもしれない。そう思うと何故か、胸が締め付けられた。


「名前殿」


嫌だ。そんな存在は居てほしくない。伸ばした手はそのまま彼女の髪に触れる。さらさらと流れる髪を指先で撫でていると、彼女の睫毛が不意に震えた。先程のように急いで手を引く。瞼はゆっくりと開かれ彼女の目が俺を写した。


「幸村くん……?」
「お、おはようございまする」
「おはよ。幸村くんどうしたの?」
「忘れ物を、取りにきたのでござる」
「携帯?」
「ち、違う」


以前のことを思い出してか、彼女が笑う。どうしても尋ねたいと思った。聞いて、自分の望む答えが欲しい。


「名前殿」
「なに?」
「何故、まだ教室におられるのでござるか?」
「ああ、バイトまで学校で宿題やろうと思ってたんだ」
「……左様で」
「うん」
「あの」
「ん?」
「名前殿は恋仲の方がおられるのだろうか」


俺の突然の質問に名前殿は少し目を見開いた。いると言われたら、どうしよう。何がどうしようなのかよくわからぬまま、握った手には変に力が入ってしまう。いないと、言ってくれ。


「え? いないよ」
「……本当に?」
「うん」
「そうで、ござるか」
「幸村くんはいるの?」
「お、おりませぬ!」
「ほんとに?」
「うむ」
「そっか」


それだけ言って名前殿は笑った。初めて話したときに向けられたのと同じ笑顔。不意に、胸に引っかかっていた何かがストンと落ちたような、そんな感覚がした。心臓の動きが早くなり全身の熱が上がる。顔は熱いが頭は変に冷静で。いつものことが起こりながら俺は今までずっと気がつかなかったことに、気づいてしまった。









「あ、来た!」
「遅いぞ」
「プリントあった?」
「う、うむ」


走って教室から戻り、待たせてしまったことに謝罪をいれた。全員で歩き始めた直後後ろから佐助に呼ばれ振り返る。


「どうしたの? 顔赤いぜ?」
「そ、そうか?」
「あ、ほんとだ」
「……教室に」
「教室?」
「教室に、名前殿がいたのだ」
「おお!」
「よかったじゃねえか」
「何か喋ったかい?」
「……うむ」


返事をしただけの自分に皆が不思議そうな顔を向けているのがわかる。後で言おうかと思っていたことを今告げるため、深く息を吸った。


「某は、名前殿が好きなのだ」



08



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