「慶次くん、元親くん知らない?」
「あれ? さっきまでいたけど」
「そっか」
「どうしたんだい?」
「さっき購買行くって言ったら、ついでにメロンパン買ってきてって言われたから、渡したかったんだよね」
「渡しとこうか?」
「いい? ありがと」
「はいよ」


そのあと、かすがちゃんと職員室に行くと言った名前ちゃんを見送って、メロンパンを机に置いた。彼女と入れ違いになるようにワイシャツの下に派手な紫のシャツを着た元親が戻ってくる。スリッパ履きの上履きがペタペタと鳴る。


「どこ行ってたんだ?」
「おお、廊下でダチと話してた」
「名前ちゃんに買いに行ってもらったんだからちゃんと受け取んなさいよ」
「さっき会ったから謝っといたぜ……」


苦笑したあと、名前に金渡さねえと、と言ってポケットから財布を取り出した元親。小銭を探している様子を眺める。ふと幸村が静かだと思いそちらを見ると、じっと元親を見ていた。しかも少し不機嫌そうに。眉を寄せて口をぐっと結んでいる。


「幸村、どうしたんだ?」
「……いえ」


何だかいつもと違う幸村に俺以外の三人も目を向けた。幸村が一度下ろした視線をまた元親に戻す。元親本人もでかい図体に似合わず不思議そうに首をかしげた。


「元親殿は、」
「おう」
「……名字殿と仲が良いのでござるな」


真剣な顔で言う幸村とは反対に元親はきょとんという表現がぴったりな顔をした。休み時間で騒がしい教室内で、俺たちの間だけ静かになる。


「そ、そうか……?」
「よく話しておられる」
「一年のとき同じクラスだったからな」
「………」
「いや、でも別に」
「それに名字殿は元親殿を名前で呼んでいまする」
「え?」
「慶次殿も」
「えっ、と、それは……」


少し眉を寄せる幸村以外の四人で顔を見合わせる。困り顔の元親を見て漏れた苦笑。そのあと政宗が短く咳払いをして、代表するように口を開いた。


「Ah……、真田」
「何でござるか?」
「つまりお前は、自分も名前に名前で呼ばれたいんだろ?」
「な、別にそういう意味で言ったわけではござらぬ!」
「そんで自分も名前ともっと話したいと」
「そういう!意味、では……」


だんだんと声を小さくする幸村の顔は赤い。佐助はやれやれとため息をつき、政宗はニヤリという表現がぴったりの笑みを浮かべた。つまりは、そういうことだろう。


「名前に名前で呼んでくれって言ってみろよ」
「別に、某は」
「ついでにアンタも名前って呼ばせてもらえ」
「な!」
「名前で呼び合うことは恥ずかしいことじゃないよ。せっかく前より仲良くなったんだから!」


昼休みに屋上で二人きりになった日から、幸村と名前ちゃんはよく話すようになった。幸村が彼女に話しかけるようになったのだ。あの幸村が自ら女の子と会話をしようなんて、今までなら考えられない。恋の力だ。相変わらず自覚はしていないようだがこれは進歩だと思う。


「よ、良いのだろうか……」
「良いって良いって!」
「言っちゃえ旦那!」
「あ! 名前きたぜ!」


かすがちゃんと共に教室に入ってきた名前ちゃんを見て、幸村は勢いよく立ち上がる。倒れそうになった椅子を支えて、幸村の背中を軽く押した。


「名字殿!」
「真田くん。どうしたの?」


名前ちゃんと共にいたかすがちゃんを手招きで呼んで、その場に二人だけにする。眉を寄せる彼女に事情を説明するとすぐに納得してくれた。緊張して何も言わない幸村を見て名前ちゃんは首をかしげる。後ろから小声でエールを送る俺たち。


「あ、あの!」
「ん?」
「幸村と、呼んで下さいませぬか」
「え?」
「元親殿や慶次殿のように、某のことも、名前で呼んで頂きたく」


急な申し出に目を円くする名前ちゃん。言った!と喜ぶ俺たちとは逆に、幸村は断られるんじゃないかといらぬ心配をしているみたいだ。大きな目がうろうろと泳いでる。


「いいの?」
「う、うむ」
「私のことも、名前でいいよ?」
「宜しいので、ござるか?」
「もちろん」
「では……名前殿、で」
「うん、ありがと。幸村くん、だね」


幸村の名前を呼んで笑う名前ちゃんは確かに可愛い。幸村の目にはきっともっと可愛く写ってるんだろう。その証拠のように耳まで真っ赤になっていた。


「Good job!」
「幸村くんだって!」
「旦那やったね」
「う、うむ!」


名前ちゃんと離れたあとの幸村に駆け寄ると、何とも嬉しそうな表情をしていた。さっきまで強ばっていた顔もほっとしたらしく緩んでいる。何故自覚しないのかは不思議だが、その日も遠くないんじゃないかと赤い顔の幸村を見て思ったのだった。



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