ブーツにはまる足をひたすら走らせた。吐く息が淡い白に色づく。歩くのが遅いとよく彼に言われた私とは思えないほど、今の進みは速かった。凍えるような寒さの中、行き交う人々の間を駆け抜ける。






透けるような白い雪が降る中で、彼が私を振り返った。黒い学ランは雪で色を濃く変えられている。いつもより高く上げた傘を彼の頭上に傾けると、彼は寒さで赤く染まる頬を緩めて笑みを浮かべた。


「名前」
「風邪ひくよ」
「こんなに降るのは珍しい故、見ていたくてな」
「幸村らしいなあ」
「それに傘を忘れてしまったのだ」
「だと思った。ごめんね、待たせて」
「大丈夫でござるよ」
「帰ろうか」


私が傘を握る手の上に彼のそれが重ねられた。高い体温のせいか、素手なのが嘘のように温かい。少し歩きづらいことなど、すぐに気にならなくなった。一面の白は、私たちの後ろだけ二人分の足跡が続いている。


「名前、明日共に出かけぬか?」
「明日?」
「クリスマスは二人とも用事があり、会えなかったでござろう? 遅れてしまったが代わりがしたいのだ」
「したい! しよう!」
「プ、プレゼントはもう買ってある故」
「ほんとに? 私も買ってあるよ!」
「おお! 楽しみでござる!」


活き活きとした笑顔に釣られて、私も大げさに笑う。何をしようかなどと話しながら帰る道のりは、とても短く感じた。翌日はいつもより時間をかけて服を選び、髪型も整えておしゃれした。無意識に鼻歌まで歌っていた。昨年のクリスマスに彼にもらった手袋をはめ、傘を片手に家を出る。昨日と同じように空からはふわふわと白が舞い降りていた。クリスマスには降らなかったそれは、より特別に感じられたのだ。


その日、いつもは待ち合わせに遅刻などしない幸村が時間になっても現れなかった。そのときした妙な胸騒ぎは、今思えば気のせいなどではなかったのだろう。佐助くんからの着信があったのは、冬の静寂を裂くような救急車のサイレンが聞こえた数分後だった。






目の前で赤に変わった歩道の信号を見ても、いけないとわかっていながら止まれなかった。寒さからか違うものからか、鼻の奥がツンとして泣きそうだ。さっきあのときと同じように佐助くんからの連絡を受信した携帯が、せわしなくコートのポケットで動いている。肺が苦しくて痛い。病院に入っても、動く足は止まらなかった。自分がこんなに走れると知ったのは今日で二度目だ。すれ違う看護師さんたちの注意も、全てがすり抜けていく。心臓が自分のものとは思えないほどうるさい。通い慣れた一室の扉を開ける手が、驚くほど震えていた。雪のように真っ白ないつもの室内。だが、確かにいつもとは違っていたのだ。


「……名前」


全身が震えて、今にも膝から崩れ落ちそうだった。まるで涙腺が壊れたように涙が溢れて止まらない。彼がここに運ばれてから何度季節が過ぎただろう。彼の意識がなかった数年は、恐ろしい程長かった。今まで一度だって目を開かなかった彼が、その目で私を見つめている。人形のようだった顔が、柔らかい笑みを浮かべている。あのときから、この日をどんなに待ち望んでいただろうか。あの日から、この瞬間だけを、ずっとずっと。泣き崩れる私の背中に、あの頃よりも細い彼の腕が回る。幸村の目から落ちた雫は、この世のものとは思えないほど綺麗に見えた。


「待っていてくれて、ありがとう」






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