「……くさい」


そう唐突に呟いた幸村のぐっと寄っている眉が彼の不機嫌さを表していた。くさい、というのは十中八九私が今吸っている煙草に向けられたものだろう。こちらを見る幸村に曖昧に首を傾けてみせる。


「止めたらどうだと、言ったはずだが」
「いやあ、そんな簡単に止められるものじゃなくて」
「くさい」
「………」


私の言葉を聞いていないようにもう一度言われた言葉に顔が若干引きつった。長い付き合いの中で幸村が煙草についてとやかく言ってきたことは特にない。だが最近吸うと今のようにくさいと言われたり、明らかに嫌そうな顔で見られたりする。その度に私はさり気なく傷ついているのだが幸村はそんなこと知ったこっちゃねえな感じである。とにかくやたらと禁煙を勧めてくるのだ。どうしたんだとは思ったけど特に理由は尋ねていない。


ゆっくりと煙を吐き出す。セブンスターの苦みの中に感じる甘さが何とも言えず好きだ。ぷかぷかと浮かぶ紫煙越しにじとりとこちらを睨む幸村が見える。はは、と苦い笑いを漏らす私に近づいた幸村が私の手から吸いかけのそれを取り上げた。声を漏らす間もなくそれは灰皿に押し付けられる。


「あ！ ちょっと！」
「煙草などやめるべきだ」
「まだ長かったのに……」
「聞いておるのか！」


渋々幸村を見ると明らかに怒り顔でソファーに座る私を見下ろしていた。私が望むならと今まで何も言わなかったのに、何でこんなに五月蝿くなっちゃったんだ。


「煙草は身体によくない」
「でも今までは許してくれてたじゃん。何で急に」
「今までは俺の煙草に対する認識が甘かった」
「………」
「政宗殿から聞いて多くの悪影響があることを知ったのだ。特に女子の身体には負担が大きいと言うではないか」


伊達、私と同じ愛煙家の癖になんでそんなこと言ったんだ。というかヘビースモーカーのあんたが言っても全然説得力ないよと思うが、幸村はそうは思わなかったらしい。


「でもリラックスできたり良い効果もあるわけだし」
「そんなもの他の悪い部分に比べたらほんの一部にしか過ぎぬ」
「そうだけど……」
「病気になる危険性が高まるのだぞ」


確かに幸村の言う通りだ。身体に悪いのは私もよくわかってる。でもやめられないのが煙草の力だ。いや、禁煙しようとしたことはないのだけど。周りの愛煙家仲間からは禁煙はやはり難しいと聞く。俯き気味の私の視界にしゃがんだ幸村が不意に現れた。こちらを見る円い目を見つめ返す。


「副流煙の影響で俺が肺ガンになるやもしれぬ」
「そ、それは困る……！」
「ならばやめよう」


俺も協力する故、禁煙しよう。私の手を握って微笑んだ幸村に間を置いたあと頷いた。私が喫煙することで周りの人にも害がある。特に幸村はいつも私の隣にいるのだ。彼の身体にも悪いならやめなきゃいけない。幸村が肺ガンにでもなったら私は煙草を吸ったことをきっと一生後悔する。


「あ、でも吸いたくなったときはどうしよう……」
「我慢でござる」
「が、我慢て……。口寂しくなったらどうしても」


吸っちゃいそうだ、と続けようとした言葉は私の口を塞いだ幸村によって飲み込まれた。先ほど彼が飲んでいたココアの甘い味が唇から僅かに伝わる。離れたあとも瞬きを一時忘れてしまった。


「そのときは俺が接吻をする故、口寂しくないだろう？」


目元を赤く染めて幸村が私の顔を覗き込む。少女漫画にでもありそうな台詞。照れるなら言わないでよ、こっちが恥ずかしくなるじゃないか。でもそれでばっちり禁煙できたのだから、幸村の力はすごいと思った。



上手なきみの愛し方