ちかちかと光る桃色のライト。マナーモードにしていても着信のときの光は隠せないらしい。テーブルに置いてあったそれを隣に座る政宗は素早くジーンズのポケットに突っ込む。隠せていると思っているのだろうか。


「電話、出なくてよかったの?」
「ああ、後でかけ直す。アンタといるときに電話出るなんざ野暮だろ?」
「ああ、そう」


笑みを浮かべているだろう男を見ず適当な返事をして私もゆるりと口角を上げた。腰に筋肉質な腕が回る。距離を詰めてきた政宗から瞬間的に香った匂い。私が嫌いな香水のそれ。


「香水、変えたの?」
「……ああ」
「女物みたいな匂いだね」
「そういうやつなんだ」


僅かに泳いだ左目を見逃さなかった。男用にこんな甘ったるい匂いはないでしょ。冷めた目をしているだろう私の口に不意に押し当てられた唇。嫌な匂いが一層鼻につく。


「愛してる、名前」
「ありがとう」
「俺には言ってくんねえのか?」
「政宗には、私以外にも言ってくれる人がいるでしょ?」


にっこりと最上級の作り笑いを浮かべた私に政宗が目を見開いた。


「……どういうことだ?」
「気付かないふりも、終わりにするよ」


いい加減、もうやめだ。心の中で吐き捨てる。政宗が口を閉じた。室内に沈黙が流れる。


最初に政宗が浮気していると知ったとき、すごくショックだった。涙が枯れるんじゃないかってくらい泣いた。きっと出来心だ、すぐに終わる。そう信じて我慢してきたけど、ダメだった。頻繁にくる電話、しょっちゅう香る女物の香水の匂い、何回も見つけたラブホテルのレシート。政宗が女と歩いているところを私が何度も見たのも、女が私の家に怒鳴り込んできたのも、政宗は知らないだろう。この男の浮気癖はどうやら不治の病らしい。我慢して信じていた私が馬鹿だったのだ。全てが手遅れ。終わりの見えない女の影に今は悲しみも寂しさもなく、あるのはただ呆れだけ。


「すまねえ、名前」


突然小さくそう言った政宗に目を向けた。掠れた声が静かな空間に響く。今まで何度さり気なく追求しても全て言い訳ではぐらかしてきたこの男が、漸く認めた。今までと違う私の様子に鋭い彼は何か感じとったのだろうか。下がっている形のいい眉。浮気していると知った同時の私もこんな顔をしていた。


「ごめん、ごめん……!」
「うん」
「確かに他の女と寝たりした。でも俺が本当に愛してるのは名前だけだ。もう絶対にしねえ」


信じてくれ。弱々しくそう言って私を抱きしめた。力強い腕が拘束するように締め付ける。政宗。名前を呼ぶと男は私の肩に埋めていた顔をゆっくりと上げた。笑う私に政宗は目を円くしたあとほっとしたような笑みを浮かべる。笑みを保ったままソファーから立ち上がり政宗を見下ろした。


「……っ!?」


左手の薬指にはまっていた指輪を抜き取り男に向かい投げつける。これでもかと見開かれた左目に大笑いしたくなった。全部口だけのくせに。あんたに向ける愛なんか、とうの昔になくなったんだよ。悪いけど、限界だ。


「あんたもう、終わりだよ」



走れ悪魔



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