今日という日も至って普通。朝遅刻してくる奴がいて、授業中寝て怒られる奴がいて、弁当忘れて昼食の時間に購買に行く奴がいて。どこの学校にも日常的にあることがおこりながら今日も一日終わる、はずだった。皆がそう思っていたのだ。昼休みが始まる前までは。


「他校の生徒が乗り込んできたぞー!」
「校門の前にいる! 人数もヤベーぞ!」
「一番強い奴出せって言ってるらしいぜ!」


昼休み、それは一日の中で校内が一番騒がしくなる時間。だが今日は異常だった。騒がしいどころの話ではない。他校の生徒が乗り込んできた。廊下を走りながらそう叫ぶ男子生徒が数名。それを聞き校舎内で校門が見える場所に移動する生徒の声と足音のせいで、校内は一変、混乱とも言える状況になっていた。


「ありゃすごいや。見てよ、あの人数」
「言ってる場合ではないぞ佐助!」


窓に寄りかかりそう言う佐助に怒りの混じった声で返す幸村。場所は多目的室。そこには彼ら風紀委員がところ狭しと集結していた。今回臨時で集まった理由は唯一つ、校内の生徒達を守るため。窓から見下ろす視界に入るのは学ランの黒い集団。いかにもという感じの連中が校門を塞ぐように並んでいる。生徒は外に出ないようにしているらしく、本校の生徒は外には一人も見受けられない。自分たちもかわりないが風紀委員ということでかり出されるようだ。妙な緊張感が漂う部屋に飛び込んできた慶次に全員の視線が向く。


「呼ばれたよ!」



******



「遅い」


風紀委員が外に出るとそこにはズラリと教師達が立っていた。一人他より後ろに立つ生徒会長の元就が、顔だけで風紀委員を振り返る。彼には幸村が謝罪の言葉を述べていた。


「状況は何か変わったのでござろうか」
「いや、近寄れば何をしてくるかわからぬと今は見張っているだけだ。もし校舎に乗り込んでこようとしたらそれを止める」
「それを俺様たちも手伝うってこと?」
「ああ。あとは中にいる生徒が出てこようとしたら貴様らが阻止しろ」

元就の言葉を聞いたあとに佐助たちが校舎を見上げると、窓から身を乗り出す生徒達が見えた。どの教室を見ても気持悪いぐらいの人数だ。彼らの顔から伺えるのは明らかに好奇心だった。興奮気味の声が校舎から振ってくる。完全に傍観者になっている彼らが出てくることはまずなさそうだ。となると、やはり自分たちのメインはあちらの相手だろう。


「どこの奴らなのかな、アイツら」
「わからぬ。何を言うても、この学校で一番強い奴を出せとしか言わぬのでな」
「警察には連絡をしたのでござるか?」
「連絡をすればすぐ校舎に乗り込むと言ってきた」


視線の先には学ランの集団。ゴツいバイクがその中に何台も見受けられる。彼らはバットを持っていたり鉄パイプを持っていたり、窓から見たときも感じたがやはりいかにも不良な奴らばかりだ。彼らが帰る気配はない。だが直ぐに乗り込んでくるようにも見えなかった。


「おい」


よく通る声が不意に集団の中から響いた。校舎内の生徒は一気に静かになり、教師や風紀委員たちも身構える。佐助や幸村もそちらに目を凝らした。黒い集団から出てきたのは右目に眼帯をし、長い学ランを着た長身の男。


「一番強ェ奴を出せって言ったんだが。まだか?」


前に出た彼は不機嫌そうに口を開く。その男の言葉に誰かが唾を飲む音が聞こえた。


「今決めているところだ」


そう言いながら元就は前に出た。それは真っ赤な嘘だったが、男は面白そうに笑うだけだった。


「もう待てねえな。出す気がないなら乗り込んで探すぜ?」


男がそう言った直後学ランの集団が一斉に自分の武器となるものを構える。彼らがいつ校舎のほうに走ってきてもおかしくない状態になってしまった。校舎内の生徒達から小さな悲鳴があがる。今突っ込んできたら教師と風紀委員で止めるのはまず無理だ。校舎の生徒達も誰一人喋らず学校は異常な静寂に包まれた。男が先程よりも口角を上げ、行くか、と集団に声をかけた、その時。


「政宗!?」


この場にあまりにも不似合いな高い女の声がここの空気を震わした。教師や風紀委員が一斉にそちらを振り向く。校舎内の生徒達も落ちそうなほど窓から身を乗り出し、その声の主を確認しようとしていた。少女が風紀委員たちの間を走り抜ける。出てくる生徒を止める役目だった彼らも驚いていたためか誰も止められなかった。そして今まで不敵な笑みを浮かべていた男が初めて驚いた顔を見せる。


「……名前?」
「ちょ、何やってんの!?」
「ここ名前の高校だったか?」
「そうだよ! てか知らなかったのかよ!」
「忘れてたぜ」
「屋上から下見たら政宗がいてびっくりしたんだよこっちは!」
「そりゃ悪かったな」
「昨日の夜やたら機嫌よかったと思ったら、こういうことだったのか……」
「今回行く高校がアンタのとこだと思わなかったんだよ」


この二人の会話を呆然としながら聞いているこの場にいる全ての者たち。二人は知り合いであることは明らかだ。しかも女の口から飛び出した昨日の夜という言葉が親密な関係を匂わしていた。


「……誰、アレ」


眉間に皺を寄せながら呟かれた佐助の言葉には誰も気づかなかった。


「貴様、知り合いなのか?」


元就の問いかけに会話を中断し気まずそうに振り返った名前。そして少し視線を宙にさ迷わせたあと、言いづらそうに口を開いた。


「私の、幼馴染みで……」


名前がそう言ったあとに口角を吊り上げた、彼女の幼馴染み。周りの人間には驚きの事実だ。え、やっぱり知り合い? と再び校舎側がざわめいた。教師たちもどうすればいいか困惑しているよう。もし男が名前に殴りかかろうとすれば止めにも入るが会話を聞く限りそんな気配はない。ここで変に刺激しない方がいいと判断し、とりあえず何もしないことに決めたようだった。


「そうか、名前の学校だったんだな。じゃあ辞めにするか」


独り言のようにそう呟いたあと後ろを振り返り、今日は帰る、とよく通る声でそう叫んだ。いきなりのことに驚きもせず、返事だけをして集団は素早くバイクにまたがる。大きなエンジン音を響かせながらどんどん校門から離れていった。それを見送ったあと男は再び彼女を振り返る。


「じゃあ名前、また後でな」
「……もうここには来ないでよ」
「怒ってんのか?」
「当たり前だよ!」
「悪かったって。今日の晩飯、アンタん家だぜ」


名前の頭を撫でながら笑顔を浮かべる男の姿は先程とは別人のようだ。彼女は特に抵抗もせずそれを受け入れていた。そのあと踵を返し男は校門に向かい歩き出す。金色の竜が刺繍された長い学ランが風ではためいていた。それを皆呆然としたように黙って見送っていたが、一人だけそうしなかった者が。


「ちょっと待ってよ、お兄さん」


いつの間にやら前にでて名前の隣に並んでいたのは佐助。男は進めていた足を止め、名前と他の者たちは驚いたような視線を佐助に向けた。立ち止まり後ろを振り返った男の左目がすっと細まる。


「Ah? 誰だアンタ」
「名前ちゃんのクラスメイトの、猿飛佐助でーす」


笑顔でそう言って隣の少女の腕を引っ張る。先程よりも距離が近くなった二人。その様子を見た男は目を細め、再び口元に笑みを浮かべた。


「そうか」
「名前ちゃんとはいつも仲良くさせてもらってます」
「佐助いきなりどうし、」
「だから幼馴染みなら挨拶しときたいと思って」
「別にいらねーよ」


笑顔のまま会話をしているが雰囲気は何とも言えず冷たい。二人が何を話しているのか聞こえない周りの者たちもそれは感じとれるのか、え?なんかあそこ黒いオーラ出てない? とこそこそと話している。しかし自分の言葉を聞かない二人に少しむっとしている名前はそれには気が付かないようだ。そして佐助はにやりと口角を上げさらに雰囲気が悪くなるようなことを言ってのけた。


「だって、将来の奥さんの幼馴染みなら今のうちに仲良くしときたいからね」


それを聞いた男の視線が更に鋭くなった。その瞳が佐助を映す。口元は弧を描いているがその目は全く笑っていない。三人の中で名前だけ、奥さんって誰?と眉を寄せて佐助に質問していたがそれは完全に流されていた。


「面白いjokeだな」「生憎、本気だよ」
「そんなこと、できると思ってんのか?」
「もちろん」
「へぇ、じゃあやってみせろよ」


お前がそれまで名前の側に居られたらの話だけどな。そう言い残して男は背を向け再び校門に向かい歩き出した。そこに止まっていた一台のバイクは彼を迎えに来たものだろうとすぐにわかる。先程と同様に大きな音を響かせ、男を乗せたバイクは去っていった。


「最後に政宗が言ったのどういう意味かな?」
「さあ、なんだろうね」


どこまで鈍いんだこの娘は、と内心呆れながらため息混じりな返事をする。そして今は誰もいない校門に再び目を向けた。まさか彼女にあんな存在がいたとは。名前をただの幼馴染みとは、あの男は思っていない。最後のあの殺気はなかなか出せるものじゃないだろう。冗談抜きで名前の側から消そうとしてくるだろう。厄介だ、あの男。


「名前ちゃん」
「ん?」
「俺様これから本気出すから」
「……何が?」
「覚悟しといてね」
「だから何が?」


全くわかっていない名前を無視し校門に背を向ける。頭に浮かぶのは男の長い学ランとあの独眼。ずっと想い続けてようやく一緒にいられる仲になったんだ。今更幼馴染みなんかに邪魔されてたまるか。絶対負けない。胸の中でそう呟いて、佐助は集団が帰ったことにより拍手が起こっている校舎に向かって歩き出した。



喧嘩上等!


(Sorry、小十郎。待たせたな)
(いえ、何かこざいましたか?)
(かなりムカつくやつ見つけたぜ)
(それはまた)
(暫くは楽しめそうだ)
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