高いんだろうなと私にでもわかるレストラン。明るい光が真っ白い床に反射して、その白をより綺麗に見せている。余りにも場違いな気がして、落ち着かずそわそわしているだろう私。彼が来る待ち合わせの時間にはまだ早い。お見合い、のようなものをすることになった。相手のご両親は親の古くからのご友人らしく、あちらからお声をかけて頂いたそうだ。そんなに畏まったものではないよと親は言っていたが、簡単に断れそうな軽いものではなかった。だが嫌だと言うつもりも特になかったのだ。何の不自由もない生活を送らせてくれた両親には感謝してるし、今は好きな人がいるわけでもない。驚きはしたがこれも一つの道だと思った。のだが、ここに来てやたらと緊張と不安に襲われた。今日、初めて相手の男性と会う。両親と一緒に合う前に二人で会うことになったのだ。夜景と、淡いピンクに塗られた爪とを交互に眺める。メールでの彼は礼儀正しくて、優しかった。実際はどんな人なのか。もし気が合わなかったらどうしよう。もしかすると、会って第一印象でがっかりされるかもしれない。さっきからそんなことばかり考えている。な、なんかお腹痛くなってきた……。


「名前殿」


一人お腹を押さえていた私の耳に届いた声。顔を上げるとそこには一人の男性がいた。綺麗な茶髪に、端正な顔立ち。この人が、真田幸村さん。ハッとして急いで立ち上がると、椅子が不格好な音を立てた。


「こ、こんにちは」
「お待たせ致した。真田幸村にござる」
「名前です」
「体調がお悪いのでござるか? 腹を押さえておられましたが……」
「い、いえ。大丈夫です」


引きつりそうになる顔を無理矢理笑顔に作り変える。真田さんに促され私は再び椅子に腰かけた。


「注文は何かなされましたか?」
「いえ、まだ何も……」
「僭越ながら食事は某が事前に頼ませて頂いたのでござるが、それで宜しいでしょうか」
「は、はい! ありがとうございます」
「では持ってきて頂きましょうぞ」


店員さんを呼び止めて、真田さんは何かを伝える。数秒で頭を下げて去っていく背中をぽかんとしながら見送った。もう暫しお待ちくだされ、と言って笑った真田さんに急いで笑い返す。視線は外されたが、私は変わらず彼を見つめていた。驚いた、こんなにも男前な方だったとは。高そうなスーツも彼はしっかりと着こなしている。彼の雰囲気や振る舞いのお陰で、このお見合いがお見合いらしいものではなくなった。本人を見て思ったが、やはり私では不相応だ。こんなに顔が綺麗で性格も良そうな人に、私はきっと釣り合わない。両親のためにも良く思われないとと思うのに、早くも諦めそうになる自分がいる。冷えていく指先は無意識に握り込まれていた。


「申し訳ござらぬ。突然にこのようなことになり、驚かせてしまったと思います」
「そんな、真田さんが謝ることでは……」
「いえ、謝らなければなりませぬ」


伏し目がちに呟く真田さん。唐突な彼の発言に私はよく訳がわからず、何も言えなかった。こんな見合いをさせられてお互い不運ですね、ということだろうか。彼の謝罪の理由に悪いものばかりが浮かんで来る。漠然とした不安から、どくどくと心臓が早くなる。明るい表情とは言えない真田さんの顔。私とのお見合いは、やはり彼をがっかりさせてしまったのだろうか。


「この見合いを儲けてくれと頼んだのは、某にございます」
「……え?」


真田さんの言葉に思わず目を見開く。このお見合いは私と彼の両親が決めたもののはず。たが今の言い方では、真田さんが私との見合いをしてほしいと頼んだみたいだ。混乱する私を見て真田さんは苦く笑う。


「中学生の頃、親と共に参った社交界で出会ったときから、某は名前殿を知っていたのでございます」
「社交界……?」
「退屈で一人外にいた某に同じような状況であった名前殿が声をかけてくださったのでござる。覚えておられるでしょうか」


彼の言葉を聞き、咄嗟に記憶を探る。だが社交界のことも、真田さんと話したことも全く思い出せなかった。


「す、すみません……」
「いえ、些細なことであった故覚えておらずとも仕方ありませぬ。だが某は、あのときから名前殿が忘れられませんでした。短い時間でしたが、かつてない感情を感じたのです。再びお会いしたいとそれからずっと願っていたのですが、一度も名前殿と会うことはできませんでした。あれから数年が経ち、ひょんなことから某の両親が名前殿の御両親と旧友であると知ったのでございます。驚いたと同時に、運命だと思い申した」


ゆっくりと言葉紡ぐ真田さん。運命だなんて漫画のようなくさい台詞も、彼の口から出たものはすっと心に届いてきた。


「そして両親にどうしてもと頼み、この機会を儲けて頂いたのでござる。迷惑だろうとは思い申した。某の勝手で、誠に申し訳ござりませぬ。一度会っただけの某が、こんなことを申し上げるのは不審に思われるかもしれない。だが軽い気持ちなどでは決してござらぬのだ」


俯き気味だった真田さんがゆっくりと顔を上げる。真剣な目と視線が交わり、思わず目が逸らせなくなった。


「あのときからずっと、名前殿をお慕いしておりました」


真田さんが、はっきりとそう言った。この空間に二人きりで、時間が止まったように感じる。彼は本気で言ってくれている。私のことを本当に想ってくれていたのだとわかった気がした。視線の先にいる彼が、スーツの内ポケットに手を差し込んだ。そこから差し出された小さな箱。長い指で開かれたその中には、輝く輪っかが埋まっていた。思わず目が円くなる。視線を移した先にいた真田さんは、じっと私を見つめていた。


「某と、結婚してくだされ」


頬を赤く染めて囁くようにそう言った真田さん。この人となら幸せになれる。何故かわからないが、確信的にそう思った。



ロマンスに堕ちる


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -