※アンチロマンチック理論 番外編


「この学校、出るんだってさ」


放課後、教室から昇降口に向かう最中そう言ったのは佐助だった。それを聞いた他の三人は数回瞬きを繰り返す。


「出るって……霊的なものが?」
「そうそう」
「そんな噂聞いたことねえな」
「つい最近の話だからね」
「して、どのような内容なのだ?」


幸村の言葉を聞いた佐助がニヤリと笑って話始めたのは、言ってしまえばどこにでもある学校の定番の話だった。真夜中になると、音楽室からピアノの音が鳴り響き、美術室の絵が一人でに移動し、体育館からバスケットボールのドリブルの音が聞こえるというありきたりなもの。興味津々と言った様子の幸村に対し、話を聞いた政宗は馬鹿にしたように鼻で笑うだけだった。


「くだらねえ。誰が夜中にここに来るんだ。聞いた奴なんかいんのかよ」
「それがいるんだよねえ。夜中に肝試ししに学校忍び混んだ人たちが全部実際に体験したらしいよ」
「なんと!」
「え、ほんとに?」
「嘘くせえ……」
「まあとりあえず自分の目で見てみるのが早いでしょ。どう? 今夜確かめに来るっていうのは」
「え……」
「おお!」
「Ha! いいぜ」
「そうこなくっちゃ。名前ちゃんも来るよね?」
「え、い、いやいいよ私は」
「ビビってんのかよ。ダッセェな」
「は? そんなわけないでしょ」
「名前殿はそのようなことに恐れを抱くようには見えませぬな」
「同感だぜ」
「よし、じゃあ決まりだ!」
「……あ」


かくして今夜四人は学校に忍び込むことになったのであった。その後は解散したが、刻々と夕方から時間は過ぎ、すぐに集合時間が訪れる。集まった四人は裏門から敷地に入り、事前に一つだけ開けておいた廊下の窓から校舎内に足を踏み入れた。言わずもがな電気など点いていない中は真っ暗である。


「なんかいいね! 雰囲気出てるよ」
「このような時間に忍び混むなど、やはり不味かったであろうか……」
「今更なに言ってんだよ。入っちまったもんはしょうがねえだろ」
「そ、それもそうでござるな……」
「来たからには確かめてやろうぜ」
「そうそう。俺様はカメラも持ってきたし、準備万端!」
「霊はカメラに写るのか?」


全く恐がる様子もなく、軽い調子で会話をしながら歩みを進めていく男たち。そのすぐ後ろを名前が歩いていた。彼女の口数がいつもより少ないことややたら周りを見渡していることには、他の三人は気づいていないようである。真っ暗な校舎内はひたすらに静かで、何の音も響かない。強いて言うなら、外から虫の鳴き声が聞こえるくらいだ。移動するという美術室の絵もどこにも見かけず、バスケットボールのドリブルの音も聞こえない。


「何も起こりませぬな」
「結構歩いたのにねえ」
「ほらな。ガセだったんだろ」
「な、何もないならそろそろ帰った方が……」
「でもほら、まだこの先にメインの音楽室が残って……」


そこまで言いかけた佐助が、不意に口を閉じた。足をも止めた彼に、他の三人も思わず立ち止まる。


「さ、佐助?」
「どうしたのだ?」
「……ピアノの音」
「Ah?」
「ピアノの音、聞こえる」


真っ暗な廊下の先を見つめながらそう言った佐助。皆が瞬時、無意識に耳を澄ました。最初はなにも聞こえなかった。だが微かに三人の耳に届き始めたのは、紛れもなくピアノの音色。全員が目を見開き一瞬息を止めた。


「き、聞こえる……!」
「やっぱりほんとだったんだ!」
「これはこの目で確かめるしかない! 行くぞ佐助!」
「はいよ!」
「あ、おい!」


小声ながらも興奮した様子でそう言った幸村と佐助は、黒い廊下の先へ駆けていく。政宗の声は聞こえていないようであった。反射的に二人の後を追おうと足を踏み出した政宗の腕が、後ろから思いきり掴まれる。うおっ、と声を漏らしよろけた体勢を立て直した政宗は、怪訝そうな顔で後ろを振り向いた。犯人は言わずもがな名前であるが、掴まれる理由がわからない。


「アンタ何して、」
「ど、どうしよう……」
「は?」
「ピ、ピアノの音、ほんとに聞こえてきた……!」
「……それを確かめにきたんだろうが。それにアンタこういうの平気だって言ったじゃねえか」


政宗は思わず眉を寄せる。言っていることと違うではないか。視線を落としていた名前が、目だけで政宗を見上げた。そしてもごもごと何かを言ったが、政宗の耳にははっきりと届かない。


「あ?」
「ダメなの」
「なにがだよ」
「私こういう霊とかダメなの……」
「……は?」
「こ、怖いよ伊達くん、行かないで」


目の淵に涙を溜める名前の顔を月明かりが照らした。震える声で言った彼女は、政宗の腕をぎゅっと掴む。左目を見開いた政宗の顔は、次の瞬間には赤に染まっていた。


「(な、なんだコイツ……!)」


おばけが怖いと泣きそうになりながら、自分に行かないでと言う彼女。そんな名前は今、政宗の目に恐ろしく可愛く写っていた。フィルターでもかかっているかのようである。普段自分に暴言を吐く彼女からは想像できない一面は、政宗の心拍数を上げるには充分であった。彼は反射的に掴まれている腕を引いてしまう。


「ま、待て、離れろ!」
「ひ、ひどい! こういうときぐらい助けてくれたっていいじゃんか!」
「! よ、寄るんじゃねえ!」


腕を振り払われた名前は恐怖心からか先ほどより更に政宗に近づく。腕だけでなく手まで握られた政宗の頬の赤みはさらに濃くなっていたのだが、名前は気づく様子すらなかった。政宗を行かせないことに必死のようである。どうすればよいかわからず、思わず後ずさる政宗の身体がある教室の扉にぶつかる。直後その中からはバスケットボールが床に付くような音が。


「ぎゃー!」
「うおっ!?」


直後名前は体当たりするような勢いで政宗に抱きついた。


「な、ふ、ふざけんなテメェ!」
「音した! もう無理怖い!」


パニック状態の名前だが、政宗も別の意味でパニックであった。両者とも心臓はばくばくである。政宗はといえばいつもより可愛く見える彼女に、早く離れてくれとひたすらに思っていた。今の彼に優しく抱きしめるなどという選択肢は浮かびもしないようである。音の正体は政宗が扉にぶつかった衝撃で室内のロッカー上にあったバスケットボールが落ちたというものなのだが、そうとは思わない名前は政宗から離れようとしない。離れろ、嫌だ、の攻防がひたすら続く。


「ピアノの音の正体が明智先生の伴奏だったとはある意味衝撃であったな」
「もう何がしたいんだあの人……こんな時間に弾く意味がわかんねえよ……」
「途中で見た絵も、展示会のために移動するために廊下に置いたものだそうだぞ」
「何も心霊現象なんか関係ねえじゃん! あーもうがっかり……ん?」


「いいから離れろ!」
「ほんと優しさないよそれ! こういうときくらい気ィ遣えよ!」
「そんな偉そうな態度の奴に優しくする気おきねえよ! と、とにかくどけ!」
「いやだ! 」
「な、なんで余計くっ付くんだ! ふざけんな馬鹿野郎!」


「……何をしておられるのだろうか」
「……抱き合いながら喧嘩してるね。ていうかなんで抱き合ってんの?」
「破廉恥でござる……」


戻ってきた幸村と佐助に遠巻きに眺られていることにも気づかない二人は、その後も十数分抱き合った状態で口論をしていたとかいなかったとか。



嘘っぱちピンキー



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