※かすがちゃんとの友情夢



数日前に始まったばかりのこのクラスでは、どの人間もそわそわとしていて落ち着かないように見える。中学から高校へと環境ががらりと変わったのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだろう。新しくできた友人とまだ少し緊張したように会話する光景は、新学年ならではだなとぼんやり思う。グループもなんとなくだが既に出来上がっているようだ。教室の窓側1番後ろに一人座る私には関係のないことだが。


「ええ、わたし?」
「ねえ、どうする……」


騒がしいクラス内でこそこそと話すような声が耳に届き、無意識にそちらを見た。そこには私を見る数人の女子が。だがこちらに気づくと皆勢いよく目を逸らした。そしてまた何やら話し始める。


『かすがちゃんは一人でも男子が話しかけてくれるじゃん?』
『そうだよね』
『だから誰も女子の友達いないんだ』
『ハハッ! ひど〜』


中学時代に聞いた言葉が頭の中に蘇り、思わず眉が寄った。




「おーい! かすがちゃーん!」


学校帰り、聞き慣れた声に呼ばれ振り返ると、よく見知った集団がいた。呼んだだろう張本人は大きく手を振っている。


「よ! 学校はどうだい?」
「別になにもないが」
「友達できた? かすが」
「いなくても私は困らない」
「おいおい、それじゃまた友達できないぜ。中学と同じ……」
「黙れ! お前には関係ない」


猿飛はやれやれとでも言いたげに肩をすくめる。歩き出した私に前田や真田の声がかかったが、今度は振り返らなかった。中学時代私が女子の中で一人だったのは、アイツらが関わっていると言える。幼い頃から知り合いだった猿飛や謙信様を通じて顔見知りになった前田がやたらと私に話しかけることから、別に望んだわけではなかったが他の奴らともそれなりに話すようになった。そしてそれが気に入らなかったらしい女子たちの反感を買ったのだ。アイツらはたぶんそれを知っていたのだろう。それから以前より頻繁に私に話しかけきたのは、私が一人にならないようにするためだったのだと思う。まあそれが更に反感を強めたのだが。女子との関係を戻したいならアイツらを無視でもすればよかったのにしなかったのは、なんだかんだ言ってアイツらといることは嫌ではなかったからだろう。


「……アイツらのせいにするのは、間違ってるな」


原因となる他の出来事も何個かあった。そもそも、最初から特別仲の良い奴がいたわけでもない。私に問題があったのだ。あのときは一人でもいいと思っていたし、今でもそう思ってる。ならば何故私は怒鳴ってしまったのか。さっきの猿飛の言葉よりも、それを聞き流せなかった自分に腹が立った。




翌日もいつも通りに登校し、いつも通りすぐに自分の席に着いた。いつもと違ったのは、座る私に話しかけてきた奴がいたことだ。


「あ、あの、かすがちゃん、だよね」


このクラスの人間に初めて自分の名前を呼ばれた。見上げると、どこか緊張した面持ちの女子が一人。……誰だ。顔は見たことがあるが……。


「そうだが……」
「私、ずっと話しかけたいなと思ってたんだけど、なかなかタイミング掴めなくて……」
「………」
「あ、私の名前わかる、かな?」
「……すまない」
「ううん! 私、名前です。よろしくね」


そう言って照れ臭そうに笑ったそいつ。これが初めて名前と会話をした瞬間だった。


その日から名前はよく私の席に来るようになった。そして他愛ない話をする。最初は相手の話を聞くだけだった私も、時期に自分の話を少しだがするようになった、気がする。名前はよく笑う奴だった。大きな声出し喚いたりすることもなく、穏やかで、一緒にいて居心地がよかった。移動教室も、昼食も、帰宅も、名前は私に声をかえてきて、名前と一緒に行うようになった。日が経つに連れ、名前といるのが私の当たり前になっていったのだ。


ある日の昼休み、とある男子に所謂告白というやつをされた。アイツは以前猿飛が女子にかなり人気のある男として名前を上げていた奴だろう。教室に戻った私は、名前にどこに行っていたのかと尋ねられたが、職員室だと嘘を吐いた。咄嗟に口から出てしまったのだ。だが吐いた嘘はあっけなくばれてしまう。


「かすがちゃん、昨日告白されたの?」


それから数日経った放課後、帰り支度をする私にそう言ったのは他でもない名前だった。かばんを閉めていた手が思わずピタリと止まる。


「何故それを……」
「クラスの子が昨日の昼休みに見たって言ってたの今日聞いて、私何も知らなかったからびっくりして……」


そうだ、この手の話題はすぐに知れ渡る。隠そうとしたところで無駄だったのだ。名前はどこか気を使ったような笑みを浮かべる。


「その人、私も知ってるよ。かっこいい人だよね!」


無意識に手に力が入った。名前も、そう思っていたのか。


「……腹が立つか?」
「え?」
「私などが、そんな男に告白されたこと」
「え、なんで!? 」
「顔が、ちゃんと笑っていない」
「……そう?」
「ああ」


沈黙が流れる。下げていた視線を上げると、名前とばちりと目が合った。だが名前はすぐに視線を逸らす。心臓がどくり嫌な音をたてた。


「昨日の昼休みは、かすがちゃんは職員室行ったって言ってたから……」
「………」
「……かすがちゃんが嘘吐いてまで言わなかったのはやっぱり私には話したくないからだと思って……、結構仲良くなれたと思ってたぶん、何も聞かせてもらえなかったことがちょっとショックだったと言うか……」
「え……」
「べ、別に責めてるわけじゃないよ! ただ、こういうことあったら、私に話してほしいな〜なんて……」


思って……、と段々小さくなる声で言う名前を、思わず凝視してしまった。


「お前はそのことで、そんな顔をしていたのか」
「うん、たぶん……」
「そうか……」
「……かすがちゃんはあの人だから、言わなかったの?」
「……ああ」
「……なんでか、聞いてもいい?」
「……中学のとき、友人たちが騒いでいた男に今日のようなことをされて、それからそいつらに避けられるようになったことがあってな。今日のあの男は、女子に人気があるらしい。万が一、お前がそいつをいいと思っているようなことがあったら、あのときのようになってしまうかもしれないと、思ったんだと思う。私もそのときは咄嗟で、あとになって思ったんだが……。すまなかった」


私はたぶん、名前が離れていってしまうのが怖かったんだ。今になってそう思う。


「そうだったんだ……」
「……ああ」


再び沈黙が流れた。部活動を行う生徒の声がやけに大きく聞こえてくる。沈黙を破ったのは名前だった。


「私ね、初日にかすがちゃん見たときからすっごい綺麗な子だなーと思ってて、友達になりたかったんだ。かすがちゃんは他の人と話すのわざと避けてるように見えたから、一人の方がいいのかと思って話しかけるのも遅くなっちゃったんだけどさ。あの人がかすがちゃんのこと好きになったのは、私はすごく納得だよ。かすがちゃんは可愛いから。腹立つわけないよ」
「………」
「でもそれだけじゃない。仲良くなって、中身も良い人だってわかって、それからもっとかすがちゃんのこと好きになったよ。あのとき話しかけてよかった。私、もっとかすがちゃんと仲良くなりたいな」


そう言って名前が笑う。女子でも容姿を評価してくれる奴は今までもいた。だが、性格を褒めてもらうのも、もっと仲良くなりたいだなんて言われたのも、初めてだ。私は何処かで名前を疑っていた。どうせまた離れていってしまう存在だと。だがそうする必要はないのだと、そう言ってもらえたようで。胸がざわつく。ああ、私、嬉しいのか。少し目頭が熱くなって、私は咄嗟に下を向いた。


「ど、どうしたの?」
「な、なんでもない!」
「え! ごめん!」


俯く私を、名前はおろおろとしながら見ているのだろう。顔を上げられない。だって、頬が緩んでしまうんだ。


「かか、かすがちゃん?」
「かすがでいい」
「え……」
「私ももっとお前と仲良くなりたい、名前」


今までなんとなく面と向かって呼べなかった名前の名を、初めて声に出して呼んでみる。名前は目を丸くしたあと、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「クラスの女の子たちね、かすがと友達になりたいって言ってるよ」
「え?」
「だけどみんなで話す機会伺ってるとかすがに睨まれちゃって、なかなか行けないんだって」


女子の集団が私を見てこそこそ話していた光景が頭に浮かぶ。あれは、そういうことだったのか……。


「てっきり陰口を言われているものと……」
「私かすがが悪口言われてるのなんか聞いたことないよ? 話してみたいって、みんな。高校は中学とは違うし、大丈夫だよ。明日話しかけてみようよ」
「……ああ」


隣を歩く名前に笑い返す。いつもと同じ名前と歩く帰宅路は、いつもと少し違うように思えた。コイツと友人になれてよかったと、そう思う自分が確かにいた。



******



「かすがちゃん、たくさん友達できたじゃないか!」
「よかったな。俺様ずっと心配だったからさあ」
「余計なお世話だ」
「アンタ前より断然いい顔してるぜ。よかったな」
「そうか? 自分ではわからないな……」
「表情が明るくなられた。楽しそうで何よりでござる」
「……そうか」
「いつも一緒にいる一番かすがと仲良しの子、なんて子?」
「お前には言わん」
「いいじゃん別にー」
「可愛い子だよねー」
「ほお、そりゃどんな奴か見てみてえな」
「なんかね、幸村と合いそうな子だよ」
「え、某とでござるか?」
「うん、なんとなくね!」
「へえ、旦那とかあ」
「どうせアンタの適当なimageだろ」
「まあそうなんだけどさ! でもかすがちゃんもそう思わないかい?」
「まあ、わからなくもないな」
「おお! かすががそう言うとは」
「ほらね!」
「いや、某は女子とは……!」


困ったように顔を赤くするこの男と、私の大切な友人が恋に落ちるのは、もう暫く先の話だ。



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