薄く目を開いたあと、女はぼんやりとした頭のまま部屋の時計を見た。休日に限って早い時間に目覚めてしまうのはどうしてなのだろう。いつもこれぐらいに起きれたら良いのになあ。毎度のことのようにそんなことを思いながら、彼女が二度寝をしようと再び目を閉じた、そのときだった。


ガタッ


一気に吹っ飛んだ眠気。女は勢いよく上半身を起こす。続いて再び響いたガタガタという音は、一階から聞こえてくるようだった。


「うそ、泥棒……?」


音を立てないように彼女は部屋を出る。そのまま少し立ち止まった後、廊下の物置に置いてあった木刀を手に取った。階段の上から一階をじっと見つめる。物音はあれからもうしない。今まで泥棒が入ったことはなかったが、こういう時のことも想定はしていた。行くしかない。木刀を握る手に力を加えて、女は静かに階段を降りる。一段ずつ降る毎に心臓の鼓動が速くなる気がした。泥棒が入るとしたらたぶんリビングだろう。実際に他の部屋に人の気配はない。彼女は自分を落ち着けるように大きく息を吐く。リビングに続く扉のドアノブに手をかけ、そして、勢いよく開いた。


「はーい、お嬢さんちょっとお話聞かせてね」


目的の部屋に足を踏み入れた瞬間、首に触れたのは冷たく鋭いもの。無意識に木刀が手から離れ、床に落ち音をたてる。


「おいおい、何処だここは。船の上じゃあねぇな」
「政宗様!」
「大丈夫だ、小十郎」
「ここ何処だい?」
「何故貴様らが……」
「こいつは、真田幸村!」
「う……、ま、政宗殿!?」
「前田の風来坊、西海の鬼、安芸の毛利元就もおります!」
「俺様もいるよ」
「猿飛!……おい、そいつは誰だ」


リビングに眠っていたように寝転がっていた六人の男が起き上がる。それぞれ思い思いの言葉を発したのだろう後、彼らの目が一斉に女に向けられた。


「さ、佐助、何をしておるのだ!」
「この娘が、俺や旦那方がここにいる原因だと思うんだよ」


さすけ、と呼ばれた後ろにいる人物を含めて全部で七人いるようだ。皆このリビングに明らかに不似合いな、鎧のような物を身に纏っている。極めつけは彼らが持っている刀や槍。明らかにただの泥棒とは思えない。女は喉元に何かをあてられたまま、混乱する頭でそんなことを考えていた。うるさい心臓を押さえながら彼らを見渡していたとき、一人の人物に目が止まる。三日月の鍬形付き兜に右目に眼帯をしている青年。


「……だて、まさむね」


彼女は自分に刺さる視線が、一層強くなったのを感じた。


「アンタ、俺を知っているようだな」


自分の知っている歴史上の人物にイメージが似ていた為に呟いた名は、まるで本当に彼の名前であるかのよう。彼が自分の左腰に下げる刀の柄に手を添える。その動作に、思わず彼女の身体が震えた。


「アンタ、どこの軍の回しモンだ?」
「軍……?」
「大将は誰だ」
「た、大将ってなんの……」
「とぼけんじゃねえ!」


響く凄みのある声。眼帯の青年は今にも刀を抜きそうな勢いだ。わからない、軍も大将も、私にはない。女がただただおろおろしていると後ろから耳元で低く、ねぇ、と囁かれた。


「俺様たちをここに連れてきたのはアンタ?」
「ち、違います!」
「じゃあ誰の仕業?」
「わかりません、起きたらあなたたちが、ここに、」
「本当のことを言って」


首にあてられていたものが、肌に僅かに食い込んだ。鋭い痛みに女の口から震える声が漏れる。


「やめろ佐助!」
「旦那!」
「やめろと言うのがわからぬのか! その者を離せ!」


渋々といった感じで離れる、喉元の凶器と後ろからの人の気配。女は首を押さえながら、その場で膝を折った。


「大丈夫でござるか!?」
「だ、大丈夫です」


声をかける赤い服の青年に、彼女は無理に作った笑みを向けた。喉元に当てていた手に目をやると、赤い血が滲んでいるのが確認できた。


「本当のことを言え。そうすれば手荒な真似はしねえ。返答によっては変わるがな」
「やめろよアンタら! 相手は女の子だぜ!?」
「くノ一かもしれねえだろ!」
「そんな風には見えねえけどな」
「何にしろ、この者が怪しいことに変わりはないであろう」


繰り広げられる会話を、呆然と聞く。軍、大将、くノ一、それらはまるで。


「戦国の……」
「いかにも。今は戦国の世にございまする」
「今は平成ですよね……」
「へいせい?」
「戦国時代って昔の……」


流れる沈黙。歴史上のことを言っただけなのに、どうしてこんな空気になるのかわからない。いくら武将の様な格好をしていたって、今の時代が平成であることは誰が考えても当たり前のことだろう。


「何が言いてえんだ」
「貴様、ここが戦国の世でないとでも申すか」
「は、はい」
「そういやここ、見たことねえもんばっかりあるな」
「家の作りも全然違うねえ」


殺伐とした空気に支配される中、大柄な二人がどこか暢気な言葉を零す。彼らにつられるように室内を見渡す青年たち。彼らの目はテレビやソファー、電気など、どの家にも普通にあるだろうものに止められていた。うるさい心臓と混乱状態の頭をそのままに、女はおもむろにテーブルへと近づく。自分を見張る視線が更に強くなるのがわかったが、彼女は怪しい動きをしている様にはなるべく見えないように、テーブルの上に置かれているリモコンを手にとり、その電源を入れた。


「ぬお!?」
「な、なんだこりゃ!」
「中に人がいる!」


声をあげる者もそうでない者も、同じように驚いているようだった。電源を入れたのはなんてことない、ただのテレビ。それなのに彼らは始めてみるような態度で騒ぎ出す。そしてその反応はわざとそうしているようには見えなかった。女は庭に続く窓に近より、カーテンを引く。朝の光に照らされる外を見た彼らは、息を止めたかのように静かになった。窓に近より再び、何処だここは、と独り言のように呟く。見開かれる目と呆然とした表情。彼らの格好、武器、そしてこの反応に可笑しな質問だと思いながらも、女は尋ねずにはいられなかった。


「皆さんは戦国時代の方なんですか?」
「じゃあ逆に聞くけど、アンタは戦国じゃないならどこに生きてるの」
「……今は平成です」
「何度も何度も何を言ってやがる」
「こ、ここは戦国じゃありません」
「Ha! 信じられるか、そんなこと」
「嘘ならもう少しましなものを吐いたらどうだ」
「本当です!」

今日一番大きな声が女の口から飛び出た。目の前の青年たちが彼女を見据えたまま口を閉じる。信じられない。信じられないが、どうやら青年たちは本当に現代の人間ではないようだ。


「あったのか、あの箱、戦国に」
「ねえよ、あんなもん」
「外の地も、大きく異なっているように見えまする」
「今は戦国時代じゃないんです。たぶん、何百年も後の日本です」


再び沈黙は流れる。彼らは状況を飲み込めていないようだった。当然である。未来の日本だなんて、すぐに受け入れられるはずがない。女は無意識に唾液を飲んだ。


「真にここが先の世だとして、何故某たちはこちらへ来てしまったのでござろうか」
「それは、わからないです」
「この時代では、先の世に行くことが可能になっているのか」
「いえ、そんなことはできない、はずです」


本当にわからないのだ。彼女もこれ以上なんと言えばいいかわからず、ひたすら視線をうろつかせた。


「……信じられないけど、信じるしかないみたいだな」
「ああ」


黄色い服の青年と紫の服を着た青年の言葉に、他の彼らは戸惑いながらも、否定はできないようだった。


「おい、もう一度聞く。お前が俺たちを連れてきたわけじゃねえってのは本当なんだな?」
「本当です」


鋭い視線に押されぬように答える。その後、何も言われずに逸らされた視線。原因不明ってことだね、という誰かの呟きが女の耳に届く。


「来た原因がわからないとなると、いつ帰るのかもわからないのか」
「今日中か明日かもしれないしもっと先かもしれない、ってことかい?」
「そ、それでは困りまする! 某には甲斐を守り、お館様と天下を目指さす役目が!」
「落ち着いてよ、旦那」
「そうだ。自分の国が心配なのはアンタだけじゃねえだろ」


会話を聞く限り、どの人も重要な地位にいる者であるようだ。あちらに残してきたもので、心配なものがたくさんあるのだろう。いきなり自分が生きていた時代の何百年も先の世に飛ばされるなんて。あり得ない。絶望だ。


「あの、」
「なんだい?」
「この後にどこか行く宛はあるんですか?」
「ねえな」


がしがしと頭をかいたり唸ったり明らかに困惑している。行く宛がないのは、当然のことだ。


「よければ元の時代に帰れるまで、ここにいますか?」
「は?」


皆が、何を言ってるんだ、と言いたげな目で見つめる。そうさせた当の本人である女は、その反応に驚いたような困惑したような顔をした。


「い、嫌ですか?」
「いや、そうじゃなくてよ。アンタそれ、本気で言ってんのか?」
「はい」
「そう言ってくれるのはありがたいけどさ。いきなり来た男と同じ家で暮らすことになるんだぜ? よく考えて」
「私は平気ですよ」
「平気って、そんなあっさり......」
「それに、皆さんがここを出て別の場所で暮らすのは、厳しいですきっと」


自分たちの名前が通用しない時代。身分証明書すらない。この時代にはこの時代の掟がある。何も知らず、何も持ち合わせてもいない彼らがここを出ても、どうしていくというのだろう。戦国からきた彼ら全員がそれを考えた。


「本当に、いいのかい?」
「はい」


空白の時間を経て、ポニーテールの青年が控え目に女に尋ねた。彼女は応えながら頷く。そのやり取りを聞いた他の者たちも深く考えたあと、答えを出したようだった。


「こうするより他に道はない」
「小十郎」
「……やむを得ませぬ」
「佐助、お頼みしよう」
「……そうっすね」
「俺もいいか?」
「はい」


彼らが出した結論は、皆同じだったようだ。


「俺と小十郎が世話になる。よろしく頼むぜ」
「某は真田源二郎幸村!そしてこちらは部下の佐助にござる。よろしくお頼み申す」
「ありがとよ、わりいな……」
「ありがと、よろしくな」
「よろしくお願いします」


そして、女、沖田沙季と彼らの生活が幕を開けたのだった。

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テーマ「人外ファンタジー」
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