あの野郎、また沙季といやがる。政宗は視線の先にいる銀髪に内心で毒づいた。同時にまっすぐと二人の元に歩み寄る。


「おい、沙季」
「なに?」
「来い」
「あ、ちょっと待って、」


政宗は二人の元に近寄り、彼らの会話など御構い無しにそのまま沙季の手を引いて歩き出そうとした。のだが、後ろの彼女が動かなかった。いや、正確に言えば、沙季の逆の腕を元親が掴んでいたために動けなかったのである。


「おい、その手離しな」
「離すのはアンタだぜ独眼竜。今は俺が、沙季と喋ってんだ」
「もう充分だろ」
「勝手に決めんな。まだ話すことがあんだよ」
「知らねえな! アンタの時間はもう終わりだ」
「なんでアンタにんなこと言われなきゃなんねえんだ!」
「ちょちょ、どうしたの二人とも!」


男二人の声は徐々に大きくなり、最終的には怒鳴るに近くなっていた。これにはずっと黙って聞いていた沙季も流石に驚いたようである。


「ま、政宗、なにか用事?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ元親との話が終わったらすぐ行くよ」
「今来いよ」
「今は元親と話してるから……後で絶対行くから」


ごめん、と言われてしまえば、政宗も彼女にそれ以上は強く言えなかった。彼は舌打ちを残して二階の自室へと向かっていく。その後姿を沙季は暫く目で追っていた。


「うーん……怒っちゃったかな……」
「気にすることねえよ」
「政宗ってたまに機嫌悪いことあるよね。私がなんかしちゃってるのかな」


そう呟いた沙季は、脳内の思い当たる記憶を探し出そうとするように考え込み始めた。そんな彼女の頭を、大きな手が無造作に撫でる。


「わ、」
「アンタのせいじゃねえって」
「でもなあ……」
「大丈夫だよ」


大半は俺のせいだろうからなあ。元親の心の中でだけ呟かれたその言葉は、沙季に聞こえるわけもなく、彼の胸中で消えていく。まだ少し考えている沙季に、元親はニカリと笑みを見せた。


「気にすることねえって。ま、なんかあってもアイツが沙季を嫌いになることはねえだろうよ」
「ええ、そうかな……?」
「それより立ち話もなんだし、部屋来いよ」
「そうだね。じゃあお邪魔します」
「はは、アンタの家だろ」


そう言って元親は沙季と共に彼が充てがわれている部屋へと向かっていく。だが歩いている間、彼の頭では別のことが考えられていた。


******


「意外だな」


元親と話終わり、そのまま政宗の元へと向かった沙季は、そのあと彼との会話も終えてリビングへと戻っていった。そして暫くして彼女が去った政宗の部屋へとやって来たのは元親。彼は先ほどの言い争いなどなかったかのようなにこやかな態度であった。彼がやって来たことに明らかに嫌そうな顔をした政宗だったが、元親の第一声を聞き、表情は怪訝そうなものへと変わっていった。


「あ? 何の話だ」
「アンタのことだよ。前から思ってたけど、あんな風に嫉妬したりするんだな。常に余裕扱いてるのかと思ってたぜ」


元親の言葉を聞いて政宗は眉を寄せた。だがすぐにくだらないとでも言いたげにため息を吐いた。


「んなこと言いに来たのかよ」
「アンタとは一回話してえと思ってたからな。同じ女に惚れてる者同士」


口角を上げる元親の右目がすっと細まる。政宗は同じように左目で元親の顔を見つめていた。そしてふっと短く笑う。だがその笑いに相手に対する嫌悪感などは見受けられなかった。


「別にアンタと話すことなんてねえよ」
「何かあるだろ? 沙季絡みで俺に腹立つこととかよ」
「んなのあり過ぎて一々覚えてねえよ」
「はは、言うねえ」
「アンタだけじゃなく、沙季が他の野郎と楽しそうにしてたら腹立つぜ。まあ一番はアンタだけどな」
「それは俺も同じだよ」
「だが苛ついても、それを出して沙季に嫌な思いさせたくねえとは思ってる」


どこか遠くを見て政宗はそう言った。彼の発言に元親は切れ長の目を少し丸くする。


「アンタ、ちゃんとそう思ってたんだな……」
「……できてねえときがあんのは自覚してんだよ。考えてはいても、どうも収まらねえときがある」
「大半は俺か?」
「わかってんじゃねえか。まあ猿あたりもうぜえけどな」


政宗の正直な物言いに、元親は小さく笑った。対する政宗は面白くなさそうに舌打ちする。


「アンタは下心が見え見えなんだよ」
「アンタに言われたくねえよ」
「あれぐらいしねえと沙季には伝わらねえだろ。まあ、あれでも伝わってねえけどな」
「アイツの鈍さはなんなんだろうなあ」
「だが、ああいうところも嫌いじゃねえよ」


そう言って政宗は普段とは違う穏やかな笑みを見せる。そんな彼の顔に、元親は物珍しそうな、また何処かで理解しているような視線を注ぐ。そのあと彼はぼんやりと視線を上に向けた。


「俺が沙季のこと殴っちまったことあっただろ?」
「あ? ああ」
「俺はあのとき、アイツのこと好きなんだって気づいたんだよ」
「嫌なtimingだな」
「だろ? だから最初は、あの後になって本当に好きなのか考えたときもあったんだ」


こんな境遇で、唯一関わる異性だからそう思っているのではないか。一人で暮らす彼女への哀れみや同情が、事故とはいえ頬を殴ってしまったことへの罪悪感が、そう思い込ませるのではないか。そしてなにより、こちらの世界で自分を助けてくれた恩人と言える人物だから、それへの感謝を慕情と勘違いしているのではないか。本当に彼女が好きなのかどうか、元親は何度か自分に問いかけたことがあった。


「きっかけは確かに、好きとは違う感情だったかもしれねえけど、今は違う。そういうの抜きで好きなんだ」


全てを含め一人の異性として彼女に好意を抱いていて、短所すら仕方ないなと許してしまえるような感じだと元親は考えていた。

「俺は半端な感情じゃあねえよ」


政宗はその言葉を聞いても数秒黙って何も言わなかった。そしてその後、短いため息を吐き出す。


「そうだと思ってた」
「アンタだってそうだろ」
「ああ」


再び政宗は笑みを携えた。

「アンタには渡さねえ」
「そりゃこっちの台詞だ」


お互いに笑みを浮かべる。だが不思議なことに、二人とも嫌な感情のないどこか清々しい表情だった。


「沙季に無理矢理手出したりすんなよ」
「んなことするわけねえだろ。俺は沙季が嫌がることはしねえ。アンタにこそ言いてえよ」
「Ha! 無理矢理なんて下種な真似するわけねえだろ。俺は沙季の合意の上を待つ」
「この野郎……、絶対させねえ」


そう言って、元親はゆっくりと立ち上がった。そして天井に向かい大きく伸びをする。


「じゃあな」
「ああ」


それだけ言って元親は自室へと戻っていった。


******


階段下からじっと二階を見上げる沙季。そんな彼女に気づいた慶次が不思議そうに声をかける。


「どうした? 二階になんかあるのかい?」
「いや、さっき元親が政宗の部屋入っていくの見たんだ。もう戻ってるかもしれないけど、大丈夫かなと思って」
「何が?」
「喧嘩とか……ちょっと前もそれっぽくなったからさ」
「ああ、大丈夫だよ! あの二人は別に仲悪くないし、むしろかなり気合ってると思うけど」
「私もそう思ってたけど、最近ちょっと喧嘩多くない?」
「あることが絡んだときだけ喧嘩になっちゃうんだろうね。似たもの同士だし。でも心配ないよ」
「慶次がそう言うなら……。あることってなに?」
「なんだろうね?」


楽しそうに笑う慶次に、沙季は怪訝な表情で首を傾げた。


******


自分しかいない静かな部屋。政宗と元親はそれぞれの自室で、片やベッドを、片や壁を背に座り込んでいた。二人の顔からは先ほどの笑みは消えている。


政宗と元親は、主に沙季関連で度々言い争うことはあれど、腹の底から相手を憎んだことはなかった。それは相手の人柄もあるのだろうが、きっと本来なら同じ相手に好意を抱く男となど、もう少しマイナスな雰囲気になっているはずだ。だがそうならない理由を、政宗も元親も頭のどこかでわかっていた。


自分たちはいずれ元いた戦国時代に帰る。ここは自分たちが本来生きるはずのない時代なのだ。ここにこれから先も留まり続けるということは、恐らくあり得ない。彼女との別れも、いつかはきっとやってくる。自分にも、あの男にも。自分が色恋においてのライバルと険悪にならないこと、そして何より明確な言葉にして自分の気持ちを彼女に伝えられないこと。好きだという言葉は今なら何時でも告げられるはずなのに、何故か言おうとは思えない。それらは裏を返せば、どうせ彼女とは結ばれないという諦めから来るのかもしれないということを、二人は認めたくなかった。


彼女を好きなのは確かだ。他の男にも渡したくなんかない。それなのに、と自身に矛盾を感じずにはいられなかった。彼女が、自分と同じ時代に生きる人間だったら。そんなどうにもならないもしもの話を考えてしまう自分に、二人は揃ってため息を吐いた。

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