「ま、また負けた……!」
「はははっ! 沙季弱いなあ」
「ババ抜きとかに変えるか?」
「いや、ババ抜きこそ最後にジョーカー持ってるからわたし……」
「じゃあもう一回大富豪だな」


そう言ってわたしの横に胡座をかく元親は素早くトランプをきる。大きな手では小さく感じるだろうトランプも、元親は器用だから上手く扱えるんだろうなと思った。壁にかかる時計を見やる。日付が変わってからだいぶ時間が経っていた。わたしがいるのは慶次と元親が使う和室。何故か眠れなかったうえに無性にトランプがやりたくて、迷惑ながらここに押しかけたのだ。最初は、夜中に男の部屋に来んな!と言った元親に追い返されそうになったけど、最終的に許してくれて今に至る。かれこれ十回以上は大富豪をやっているが、わたしの勝率はいまいちだ。


「沙季、なんで俺たちの部屋に来たんだ?」
「二階には独眼竜たちと虎の兄さんたちがいるのに。俺たちと遊びたかったからかい?」
「うん、そうなんだ」
「嬉しいねえ!」
「もし来るときは俺たちの部屋にしろよ。今は許すが、夜に男の部屋行くもんじゃねえ。わかったか?」


素直に返事をすると、わかってねえだろ……と呆れたような声が降ってきた。二人の部屋にきたのは、元親と慶次が一番付き合ってくれそうだと思ったからだ。上の二部屋では、小十郎さんと佐助にたぶん追い返されてしまう。この二人のノリの良さに時間は特に関係ないらしい。布団にうつ伏せの状態のまま、休憩のつもりで目を閉じる。布団からは柔らかい匂いがした。


「沙季、ここで寝んなよ」
「うん」


シーツに擦り付けていた頭をぽんぽんと軽く叩かれた。今のはたぶん元親だろうな。寝るなと言うわりに優しい手付きで、本当に眠くなってしまいそうだ。肘をついて頭を上げると、向かいに同じようにうつ伏せになる慶次と目が合った。


「寝てるかと思ったけど、二人とも起きててよかった。いっつも遅くまで起きてるの?」
「日によってだな。二人で話したり、いろいろだ」
「どんな話するの?」
「沙季は可愛いね、とかだよ」
「またまた〜」
「ほんとだって! なあ、元親」
「おう、まあな」
「元親は沙季のこと可愛いっていっつも……」
「うわ、言うなよ!」
「ほんとに?」


聞き返すが、元親は否定はしなかった。彼は少し顔を赤に染める。思わず笑ってしまった私の頬を、大きな手が軽く抓った。痛くはできないのは彼の性格故だろうか。


「でも本当に思ってるぜ」
「嬉しい」
「照れるか?」
「うん、ちょっと」
「ちょっとかよ」


慶次は私たちのやりとりを見て楽しそうに笑っていた。


「トランプ、再開しよっか」
「おう」
「気分変えてババ抜きにする?」
「いいの? 沙季」
「頑張る」


元親がカードを配り始めたと同時に、部屋の外から荒々しい足音が聞こえてきた。誰か起きたのだろうか。徐々に近づいてくるそれが止まった瞬間、襖が勢いよく開かれる。


「テメェら、何してやがる」
「沙季殿、な、何故こちらに!」
「ヤベ……」


大きな足音の主は政宗と幸村だったらしい。驚きをそのまま顔に表した幸村と、私たちをぎろりと睨みつける政宗。元親は顔を引きつらせていた。不意に政宗がずかずかとやってきて寝転がるわたしのもとに膝を付いた。驚きから強張るわたし。不意に腕を引っ張り上げられ、布団の上に座ることを余儀なくされた。



「うそ、沙季ちゃんマジでここにいた」
「何してんだ……」


二人に続いて入り口に姿を現したのは、佐助と小十郎さん。佐助は盛大にため息を吐き、小十郎さんは頭を押さえていた。続々と登場するみんなに少なからず驚いてしまう。


「アンタ、ここで何してる」
「え?」
「夜中に野郎の部屋なんか来て、どういうつもりかって聞いてんだよ」
「ね、眠れなくてトランプしに……」


何やら怒っている政宗にそう言うと、彼は布団に散らばるトランプを一瞥した。そのあとイライラした様子を隠しもしないで舌打ちを鳴らす。


「うるせえわけだな……」
「そんなうるさかったかい?」
「少しの物音でも気づくからね。女の子の声が聞こえたから、まさかとは思ったけど……。眠れなかったからって夜に男の部屋行くなんて、どういうつもり?」


腕を組んだ佐助がわたしを見下ろす。眉を寄せる小十郎さんと幸村、変わらず苛ついている政宗に囲まれて、これはマズいなと直感的に思った。泳ぐ目を元親と慶次に向けるが、助け舟を出してくれる気配はない。やってしまった……。


「沙季殿」
「すみません……」
「答えになってない」
「トランプしたくて……」
「夜中にやる必要がどこにある」
「そ、そうなんだけど」
「なんでわざわざコイツらとなんだよ」
「元親と慶次が一番ノってくれるかなって思って……」
「………」
「ごめんなさい……!」


黙ってしまった彼らを見ることもできず、とりあえず頭を下げた。彼らが何も言わないのがこわい。


「まあまあ、ただトランプがやりたかったってだけじゃないか。なあ、沙季」
「う、うん……」
「わかった。もういい」
「頭を上げてくだされ、沙季殿」
「次はないからね」
「はい……」
「帰るぞ」


どうやら許してもらえたらしい。立ち上がった政宗に腕を引かれて、よろけながら足を付く。


「なんもしてねえだろうな、西海の鬼」
「してねえよ」
「ごめん二人、付き合ってくれてありがと」
「楽しかったよ!」
「おやすみ」


二人は嫌な顔も見せず、にこやかに送り出してくれた。政宗に引かれていない方の手を振って、部屋をあとにする。普段騒がしい家の中も、夜の静寂と会話のないわたしたちのせいで妙に静かだ。


「あの、ごめんみんな」
「いい。もうすんなよ」
「はい……」
「アンタのせいで眠気飛んじまった」
「ご、ごめん。……じゃあトランプする?」
「人の話聞いてた!?」
「もうすんなっつったの聞いてなかったのか……」
「だ、だって眠くなくて……」
「眠くなくても寝る! アンタ明日も学校でしょうが!」
「そうです……」
「いけませぬ! 眠ってくだされ」
「どうしてもって言うんなら、俺はアンタの部屋行ってもいいぜ」
「政宗様……」


いつの間にか機嫌は直ったらしい政宗が笑う。なりませぬと政宗を止める小十郎さんと、破廉恥だと言う幸村のいつもの光景に笑いが漏れた。それぞれの部屋に別れる階段近くで立ち止まる。


「それでは沙季殿、おやすみなさいませ」
「ちゃんと寝ろよ」
「もしまた部屋出たら、俺様マジで怒っちゃうからね」
「で、出ないから大丈夫」
「よろしい」
「じゃあな」
「おやすみ」


自室の扉を開けた後四人を振り返る。わたしが入るのを見届けてからでないと、彼らは部屋には戻らないらしい。疑われてるなあと思いながら四人に緩く手を振った。静かに扉を閉めてから少しして、二つの扉が開閉する音も壁越しに聞こえる。一緒にいたのは元親と慶次だし、彼らが心配するようなことは何もない。だけど自分の為に起きてまで来てくれたということは、何だか嬉しかった。もちろん申し訳なさが勝つけれど、近くに自分を心配してくれる人がいるというのはそれだけで喜ばしいことなんだなと思う。そんな彼らの為にも早く眠りに付くべきだと考えたわたしは、睡魔が来るのを目を閉じ大人しく待つことにしたのだった。



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