「おはよう、沙季」
「おはよう」
「いつもより起床が遅いのではないか?」
「なんか今日目覚め悪くて……」
「間に合う?」
「ちょっと危ういかなあ」
「暢気に言ってねえで、さっさと飯食えよ」
「うん」


沙季の眠そうに目を擦る姿から、まだ頭が起きてないのだろうとわかる。皆が集まるリビングには、朝食のいい香りが漂っていた。テーブルに皿を並べる佐助に沙季は礼を述べる。彼女を見ていた慶次は、ふと何かに気づいたように夢吉を撫でていた手を止めた。


「沙季、ちょっと顔赤くないかい?」
「え、そう?」


沙季は不思議そうに首を傾げる。確かに慶次の言う通り、白い彼女の頬はほのかに赤く染まっていた。暑くなってきたからかな、と呟いて、沙季は大して気にする様子もなく米を口に運ぶ。それから暫くして、全てを完食した彼女は早々に立ち上がる。その沙季と、そこにたまたま通りかかった元親が軽くぶつかった。だけのはずだったが、彼女はふらりと転んでしまったのだ。謝ろうとしていた元親も、そして他の皆も目を円くする。


「わ、悪ィ沙季!」
「大丈夫でござるか!?」
「ご、ごめん、大丈夫」
「そんな強くぶつかったの元親!」
「い、いや、当たっただけだと思ったんだが……」


慌てる元親が沙季の隣にしゃがみ込む。彼女の腕を掴んだ彼は、ピタリと動きを停止させた。


「沙季、アンタ熱ねえか……?」
「え?」


腕を掴むのとは逆の手が、沙季の額に触れる。


「やっぱり熱あるぞ!」
「え!?」
「たしかになんか身体がだるい……」
「……気づくのが遅いぞ」


先ほど慶次から指摘された頬の赤みは、どうやら熱によるものだったらしい。沙季は自身の手を額に持っていくが、自分ではよくわからないのか首を傾げる。


「大丈夫でござるか?」
「辛いよな。立てるかい?」
「意外と大丈夫だよ」
「平気じゃねえだろ……」


眉を下げ少しおろおろとする幸村と慶次は、元親と同じようにしゃがみ込む。他の皆も未だ座る沙季を囲むようにして集まっていた。本人たちは気づいていないかもしれないが、皆が心配しているのは端から見ればすぐにわかる。


「今日は学校休みな」
「とりあえず着替えて寝ろ」
「沙季の部屋じゃ遠いから、こっちで寝たらどうだい? 俺たちも近くにいられるし」
「いいよ、みんなに移るし……」
「某たちならば大丈夫でござります」
「こういうときぐらい、いいだろ」
「いい! 自分の部屋で!」
「何でそんなムキになる……」
「ほざくな、つべこべ言わず此方で眠れ」
「で、でも……」
「はいはい、布団敷いとくから着替えておいで」


押し切られるような形で沙季は渋々頷いた。変なとこ頑固なんだから、と佐助が一人呟く。元親の手を借りて、沙季はふらふらと立ち上がる。歩き出そうとした彼女の身体が不意に宙に浮き上がった。うわ、と声を上げた沙季の膝裏と背中に回る腕の主は政宗だ。


「運んでやる」
「え、いいよ! 歩けるよ」
「ふらついてんじゃねえか」
「いや、私重いし……」
「全然重くねえよ」


まだ何か言いたげな沙季をそのままに、政宗は扉に歩を進める。リビングを出る直前に顔だけ後ろを振り返り、元親を見て鼻で笑った。


「くそ、先越された」


元親の声は、皆に聞こえていたとかいなかったとか。









「体温計持ってきた。熱計って」
「ありがとう」


着替えを終え一階に降りてきた沙季。リビングに面する和室に敷いた布団の上で、佐助から受け取った体温計を首もとから入れる。暫くしてから高い音を鳴らしたそれは、38.5℃と表示していた。


「うわ、こんな高熱久しぶりに出た……」
「高えのか、それ」
「うん。普通はもっと低いから」
「早く布団入れ。とりあえず寝な」
「うん」
「添い寝してやってもいいぜ」
「な、何を破廉恥な……! 口を慎んでくだされ!」
「政宗様……」
「風邪移るからダメだよ」


政宗の言葉に、沙季は布団を被り苦笑する。その反応は予想通りだったらしい政宗は、つまらなそうに肩を竦めた。汗の滲む沙季の額に、不意に小十郎の手が乗せられる。


「何かあったらいつでも言え」
「……うん、ありがとう」


ぽんぽんと頭を撫でる手に、沙季は心地よさそうに目を細めた。


「はい、これが冷えピタだよね」
「俺が貼ってやるよ」
「ありが、う、冷た」
「俺も貼ってみたい!」
「いいよ」
「よくねえ。無駄遣いすんな」
「ちえっ」
「沙季殿、必要とあらば某に何なりとお申し付けくだされ」
「ありがとう、幸村」
「自分だけ良い顔すんなよな」
「そのような理由で言った訳ではござらぬ!」
「俺にも言えよ、沙季」
「俺もいるからな!」


沙季の手を握る慶次と、その手を無理矢理払う政宗。困ったように笑う沙季を見てから、小十郎が口を開く。


「もう出ましょう。沙季が眠れませぬ」
「そうだな」
「おやすみ」
「寂しくないように、ちょっと襖開けとくから」
「……うん」


慶次の言葉に小さく笑みを零した沙季を見てから、皆は和室を後にした。こんな風に看病されるのはいつ以来だろうか。もう何年も前な気がする。風邪のとき誰かが近くにいてくれるのはやはり嬉しい。少し騒がしい彼らの声を聞きながら、沙季はゆっくりと瞼を降ろした。




「無理、してたんだろうな」


沙季が眠って暫くしたあとのリビングで、小さく口を開いたのは元親だった。


「学校行って、塾もバイトも行って、家では俺たちがいる。……疲れねえわけねえよな」
「疲労が溜まってたんだろう」
「もっと早く、体調がお悪いことに気づくべきでござった」


眉を下げどこか悔しそうに言う幸村の言葉に、そうだね、と佐助が小さく返す。


「彼奴に頼ることを減らすべきであろう」
「そうだよな」
「沙季も、もっと俺たちを頼ってくれていいのにね」


慶次の言葉には、誰も何も言わなかった。そのあと少しして沈黙を破るように襖を開ける音が鳴る。赤い顔を見せた沙季に、元親が優しく笑いかけた。


「どうした?」
「トイレ」
「沙季ちゃん、何か食べられそう?」
「うん」
「じゃあ粥かなんか作るよ」


覚束ない足取りで出て行った沙季。暫くしてからできた佐助手製の粥に、彼女は嬉しそうな声を上げた。


「美味しそう……」
「熱いから気をつけて」
「うん」


いただきます、と言って沙季はれんげを手に取る。だがその手は熱のせいか僅かに震えていた。それを見た佐助は、力ないそこかられんげを抜き取ると、粥を掬い取り沙季の口の前に差し出した。


「はい、口開けて」
「え?」
「テメェ、何してんだ猿」
「何って、食べさせてあげようと思って」
「だから何でそれをアンタがやんだよ。貸せ」
「竜の旦那がする必要もないじゃん」
「じゃあ間を取って俺が食べさせてあげる」
「何の間だ」
「俺がやってやろうか?」
「貴様に食わされては不味くなるわ」
「テメ……」
「私自分で食べられるよ……って、聞いてない」
「ほら、もう一個れんげ持ってきたぜ。食えるか?」
「あ、ありがとう、小十郎さん」


結局一人で食べた沙季は完食したあと、薬を飲んで一人布団に戻って行った。そのあとも心配からか何かと気にかけては世話を焼こうとする何人かに囲まれ、沙季は少し困ったような笑みを浮かべる。見兼ねた小十郎や佐助が幸村たちに部屋を出るように言い、沙季は再び眠りについた。病院行くの忘れてた、と零した沙季が、後にそれを知った彼らに怒られることとなるのはまたあとのことである。





「沙季」
「大丈夫か?」


私の頭を撫でる大きな手。頭が起きてなくて目に写るものもはっきりしない中、どこか懐かしい声が私を呼ぶ。段々とクリアになる視界に写るのは、そっくりな顔の二人。驚きから声は喉に詰まって出ない。微笑む二人は、間違えなく兄ちゃんだ。嬉しい。久しぶり。会いたかった。額に置かれている手を握る。


「沙季?」


瞼を持ち上げると、そこにいたのは政宗だった。切れ長の左目が僅かに円くなっている。私が握ったのはどうやら彼の手だったらしい。……ああ、なんだ、夢か。よく考えれば二人がここにいるはずはない。ごめん、と呟いてから、兄ちゃんよりもごつごつとしたその手を放す。なんとなく政宗と目が合わせられなかった。


「……どうした?」
「夢見て、兄ちゃんかと思った」


どうすればいいかわからなくて、曖昧に笑う。不意に私の目元に政宗の指先が触れる。


「なに?」
「泣くかと思った」
「……なんで?」
「なんとなくな」
「私、滅多に泣かないんだよ」
「確かに、泣かなそうだ。人前ではな」


今度は私が目を円くする番だった。彼の左目から思わず目を逸らす。私の目尻を軽く撫で、政宗の指は離れていった。


「まあ、無理すんなっつうことだ」
「う、うん」
「また寝るか?」
「うん」
「Good night」


今日何度目かわからない睡魔に襲われる。政宗の姿を視界に収めてから、ゆっくりと目を閉じた。




夢を見た。私はリビングの扉の前に立っている。楽しそうな声が聞こえてきて、私は誘われるようにドアノブを握る。兄ちゃんかな。期待を抱き扉を開ける。だけど、やっぱりそこに兄ちゃんはいない。中で笑うのは、二人ではない、戦国から来た彼らだった。

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