最初の頃、女子の沙季殿にどう接すれば良いかわからず、羞恥心もあり彼女に誠実な態度を取れてはいなかった。失礼極まりなかったと思う。だがそれも、時が経つに連れ彼女と親しくなることにより緩和されていった。彼女のさばさばとした性格のおかげもあるだろう。沙季殿と話すときも、変に緊張したり動悸がすることもなくなってきた。


「ただいまー」
「おかえり」
「早かったな」
「今日は塾なかったからね」


リビングに入ってこられた沙季殿。早い帰宅の為か、今日はそこまで疲れていないようでほっとした。慶次殿や元親殿を筆頭に、彼らが彼女と言葉を交わしている。帰宅の挨拶をする適切な時期を逃してしまったと一人唸っていると。


「ただいま、幸村」


降ってきた声に釣られ、顔を上げる。テーブルを挟んだ先にいる沙季殿が俺を見下ろしていた。


「お帰りなさいませ」
「うん。これ、おみやげね」


テーブルに置かれた大きめな袋の中には、人数分と思われるシュークリームが入っていた。美味そうなそれに、思わず声が漏れる。


「おお! ありがとうございまする」
「どういたしまして」


俺に土産を伝えたのは、俺が一番反応を示すと思ったからだろう。予想通りだったのか、彼女が小さく笑う。う、動悸が。上手く言い表せないが、ただの緊張とは違うのだ。だから理由がわからない。冷蔵庫に仕舞っといてもらっていい? と言った沙季殿に、頷きで返事をした。


「どうしたの? ぼんやりしちゃって」


シュークリームを冷蔵庫に入れようとしていたとき、隣に現れたのは佐助だった。俺が持っていた袋を奪い、冷蔵庫を開ける。中に収められていくそれら。


「俺がやるぞ」
「ぼーっとしてたら何時までたっても仕舞えないでしょ」
「す、すまぬ」


仕舞い終わった佐助は、ひらひらと手を降って台所を出て行った。そして佐助と入れ違うように、沙季殿が入ってくる。彼女が着るあのスカートとやらは未だに見慣れない。


「ありがとう、幸村」「いえ、仕舞ったのは佐助にござる故」
「そうなんだ」


沙季殿は冷蔵庫から食材を取り出した。今日はオムライスだよ、と言って夕餉の準備を始める。スカートから伸びる脚は細く、あれで男を蹴り倒したとは驚きだと、ひったくり犯とやらを捕まえるのに貢献したという彼女の話を思い出した。料理を始める横顔を見ていた俺を、ふいに彼女が振り返る。


「どうしたの?」
「い、いえ」


立ち尽くす俺に不思議そうな顔をする。妙な緊張から沙季殿をまっすぐ見れない。だが、それでは最初と一緒だ。せっかく親しくなったのに、ふりだしに戻っては意味がないぞ。目を合わせると、彼女が驚いたようにぱちぱちと瞬きをした。


「手伝いますぞ!」
「あれ、幸村も料理したことあるんだっけ?」
「あ、ありませぬが……」
「すぐ作れるし、大丈夫だよ」
「う、ですが」


反論しようとした俺の言葉は聞こえていないように、彼女は竹串を何かに刺していた。そして俺の前にそれを突き出す。


「食べてみる?」
「え?」
「チョコ団子。私はなかなか美味しいと思うんだけどなあ」
「だ、団子でござるか?」
「うん。はい」


これでは、食べさせてもらうことになるではないか。は、破廉恥だ。だがせっかくの沙季殿の好意。断っては失礼だ。自分にそう言ってから、意を決して彼女が持つ団子を口に含んだ。チョコレートの甘さが瞬間的に口に広がる。


「どう?」
「美味にござる!」
「よかった。でもやっぱりみたらしが一番な気がする」
「それは同感でござる」


チョコついてるよ、と指摘されたのは今日一番恥ずかしかった。



******



「どうしたんだい? そんなに台所じっと見て」
「いや、旦那と沙季ちゃんが仲良くしてるなと思ってね」
「ほんとだねえ」
「沙季ちゃんのこと避けるんじゃないかと思ったけど、平気だった」
「なんか変わったね」
「なにが?」
「最初のアンタなら、近づかないほうが喜んでただろ? 今は沙季のこともよく見てる」
「なんかあの娘、似てるんだよねえ」
「似てる?」
「そう。真田の旦那に」
「あ! それなんかわかる」
「ほんとにわかってる?」
「ひどいなあ」
「なんか抜けてるとことか、あんま人の話聞いてないとことかさ」
「ぷ、確かに」
「だからかな。なんかほっとけないんだよねえ」


台所を見ながらそう言って、テーブルに頬杖をつく佐助。困ったような言い方の割に、表情は穏やかだ。慶次は小さく笑みを零した。

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -