右目が痛い。無いものを痛いというのも、可笑しな話だが。不定期に起こるそれは苛々するような気分を害するような、そんな痛みを与えてくる。ここに来てなるのは、初めてか。


「政宗様、」
「いつものあれだ。気にすんな」
「しかし」
「Don't worry」


強く言えば小十郎は口を閉じた。眉を寄せるその顔。餓鬼のころからずっとこうなんだ。毎度毎度心配する必要はない。


「下、行こうぜ」
「……はい」


何か言いたげな様子には無視をして立ち上がる。居間の扉を開ければ、面々が既に集まっていた。随分と見慣れてきた光景だ。


「おはよ」
「おはようございまする、政宗殿、片倉殿」
「Good morning」
「よお」
「おはよう」


丁度朝ごはんできたとこだよ。彼女が着ているのはいつもの制服というものではなく私服だった。ああ今日は休日かとそれで気づく。


沙季は変わった女だ。いきなり戦国の世からやって来た俺たちを家に置いて、追い出そうとする気配すらない。寝床を与えて食事を与えて、俺たちに何故そこまでするのかわからない。変わった女。相変わらず騒がしい食事の間も右目は痛んだ。いつもよりも痛むのは、戦国ではない違う環境で起こるのが初めてだからだろうか。他の奴らには気付かれたくはない。変に弱味を見せない方がいい。そんなことに漬け込んでくる奴らではないだろうことは共に過ごしてわかったが、俺自身が嫌だった。上手く隠せている筈だ。どうせ小十郎以外は誰も気づかない。





「政宗、体調悪いの?」


痛みと共に過ごした今日がもうすぐ終わる。そんなとき、いつもより少しだけ早く自室に戻った俺の部屋に洗濯物を運んできた沙季は、そう言った。痛む右目は頬杖をつくように自然に押さえていた筈だ。きっと顔には出ていない。


「朝から思ってたんだけど……」
「別に何ともねえぜ?」
「ほんとに?」
「Of course」


少し納得しない様子を見せたあと、それなら良いんだ、と呟いて沙季は立ち上がる。扉を閉める前におやすみと言った彼女に、短く返事をした。妙な緊張を解くように息を吐く。まさか沙季に気付かれるとは。この時代は俺たちの過去も知れる筈。あいつは俺が病気にかかったことも、母とのことも知っているのだろうか。沙季は俺の眼帯について一度も触れたことがない。入り込まない微妙な距離を俺たち全員と保っているように見える。それはアイツなりの優しさなのか。


痛みが引かない。封じるようにつけている眼帯をほどき、元々目が在った部分に触れた。指先で感じる痕。とても見せられるもんじゃない。無意識に自嘲のような笑いが漏れた。眼帯を右手に握り占めたまま明かりを消そうと扉に近づく。すぐに、眼帯をつけておくべきだったんだ。


「政宗、やっぱり体調悪いなら……」


左手を電源に伸ばしたとき、いきなり扉が開いた。突然のことに対応できず動きを止めた自分。力の抜けた右手から眼帯が落ちる。俺を見る沙季の目が、いつも覆われている部分に目を止めた瞬間、見開かれた。


「見んな!!」


沙季の肩が跳ねる。右目の部分を手で覆い、急いで取った彼女との距離。


見られた。沙季に見られた。下を向き床を見る自分の視線が泳いでいるのがわかる。滲む冷や汗。耳元で響く心臓の音がどうしようもなく五月蝿い。見た瞬間の沙季の顔が左目に焼きつく。見られたくなかった、こいつには。嫌われた。アイツは扉のところに立ち尽くす。上げた左目に写る沙季が、記憶の中のあの人と重なった。


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