わたしはあんまり野菜が好きじゃない。でも出されたら食べるし、自分で作るときもバランスを考えてちゃんと使うし、食べるようにしている。だが好んで口にする訳ではないのだ。サラダもドレッシングたっぷりかけてじゃないとなかなか箸が進まない。


ある日いつものように皆と夕飯を食べようとしていたとき。そのときあんまりお腹も空いてなくて野菜も食べたくなくて、サラダを出そうとしてくれていた佐助に言ってしまったのだ。


「サラダいいや。あんまお腹空いてなくて」
「あ、そう?」
「うん。それにわたし、実はあんま野菜好きじゃないんだよね」
「……は?」


低くドスの聞いた声でそう言った小十郎さんに、場は一瞬凍り付いた。とりあえず、わたしは小十郎さんの地雷を完全に踏んでしまったらしかった。


「あの、小十郎さん、これは……」
「お前用に作ったんだ」


夕飯の時間、一階に降りたわたしの目に飛び込んできたのは大きな皿に盛り付けられたサラダだった。いろいろな種類の野菜が瑞々しい状態で置かれている。席に付いている皆が苦笑しながらわたしを見ているのがわかった。


「お前が好きだって言った南瓜も入ってる」
「……南瓜しか好きなもの入ってな、」
「何だ?」
「いや、何でもないです……」


言いかけた言葉を急いで訂正する。無理に食べさせなくても、とは、誰も言ってくれなかった。わたしが一人のときも料理はしていた。作るのは基本夕食。だが疲れてたり面倒くさいときもあって、そういうときは食べないことが多かった。惣菜を買うことはあまりなく家にあるお菓子を食べたり。朝ご飯は菓子パン、昼も菓子パン、夜はお菓子とか普通にあった。休日で三食バイト先で買ったケーキだということもあった。とにかくわたしは自炊しないとき、食生活が悪かったのだ。それを以前軽く皆に話したら、怒られたり無言で引かれたりしてしまった。彼らが小十郎さんを止めてくれないのは、わたしが嫌でも食べる必要があると判断したからだろう。まあ全ては自分のせいなのである。


「あの、他のごはんは……?」
「それ全部食べたらあるぜ」
「今日は沙季ちゃんの好きな牛丼だよ」
「牛丼……」
「食べてからな」


小さく笑う小十郎さんはかっこいい。でもそんなこと思ってるときじゃない。出されたら食べるが限度がある。この量は流石にきつい。普段食べてたサラダの量じゃない。


「がんばれ沙季!」
「食べたら牛丼が待ってるぜ」
「応援しておりますぞ!」


応援より食べるの手伝ってほしい。でもそんなことは言えないので、いただきます、と言って食べ始めた。小十郎さんの前ではドレッシングをいつものようにかけるのは気がひけてできない。わたしからみれば明らかに少ないのだが仕方ない。野菜の味がする……。それは当然なんだけど。


「上手いだろ?」
「う、うん」
「顔引きつってんぞ」
「そ、そうかな……」
「お前は何で野菜が嫌いなんだ。怒んねえから言ってみろ」
「なんか、味がっていうか、葉っぱだし……」
「………」
「お、怒んないって……」
「怒ってねえ」


はあ、とため息を吐く小十郎さんは確かに怒っているというか呆れてるみたいだった。なんだか気まずくて、目線を下げて口だけもぐもぐと動かす。他の皆は食べ終わり、既に席を離れていた。無言のまま半分以上食べ終わった頃視線を上げると、わたしを見る小十郎さんと目が合った。もしかしてずっと見られてたのだろうか。


「な、なに?」
「俺が好きになるようにしてやる」
「え?」
「俺がここにいる間に、お前が野菜好きになるようにしてやるよ」


その言葉にちょっとびっくりして、ろくな反応も返せないまま食べ続けていると、いつの間にかサラダももう少しで食べ終わるところまで来ていた。最後の残りを口に詰めこむ。


「食べれたな」
「う、うん。ごちそうさま」
「牛丼食うか?」
「うーん、結構お腹いっぱいになったから少しだけ」
「少食だな。でも甘味は食うんだろ?」
「え、あるの?」
「褒美に出そうと思って買ってあるぜ」
「わあ、やった」
「野菜、よく食ったな」


大きな手が頭に乗ってぽんぽんと撫でられる。こんな風にわたしの頭を撫でる人は兄ちゃん以外にはいない。優しい手付きを受けながら、小十郎さんを少し円くなっているだろう目で見た。


「どうした?」
「いや、ちょっとびっくりして」
「ああ、わりィな、勝手に触って」
「ぜ、全然嫌じゃないよ!」
「そうか、そりゃ良かった」


そう言って微笑む。や、やばいなんかすごい照れる。空いたお皿を持って台所に向かう小十郎さんの後ろ姿を、妙にどきどきしなが見送った。


「片倉の旦那はあれ計算なしでやってんの?」
「Ah……, たぶんな」
「右目の兄さんがあんな感じだとは、知らなかったぜ」
「だってほら、沙季ちゃんがちょっと照れてるよ」
「………」
「は、破廉恥な!」
「いいなあ、竜の右目!」


ソファの影から皆に見られていたことには気づかなかった。

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