ぼんやりとする頭を覚醒させようとする。昨日はなかなか眠れなかったから、起きるのが遅くなってしまった。今日休みでよかった。少し痛い左頬に手を添えて、そういえば、と思い出す。昨日は毛利さんが謝りにきてくれたのだった。はっきり思い出すと起きてきた頭。また眠くならないうちにベッドから出て洗面所に向かった。顔を洗って髪を軽くとかす。


「あ」


洗面所を出たところで思わずそんな気の抜けた声が漏れた。数メートル先にいる、自室から出てきた彼を見たからだ。それに気づいた相手も私に視線を向ける。


「おはようございます、毛利さん」
「ああ」


言った直後に返ってきた言葉に少し遅れてから驚愕した。挨拶を返してもらえた。驚くわたしを見て少し目を細めたあと、彼はリビングに向かっていく。あとを追うようにして私もリビングへ。だが開け放されたドアの前で毛利さんは足を止める。彼越しに殺伐とした雰囲気を感じた。既に揃っていたみんなの視線は、わたしの目の前の毛利さんに注がれている。


「Ha! よくのこのこ顔出せたな」
「テメェがここまで嫌な野郎だとは思ってなかったぜ」
「ほんと見損なったよ、毛利の兄さん」


毛利さんが皆の前に姿を表すのは一昨日の夜以来だ。みんなは毛利さんがわたしに謝ったことを知らない。何も言わない毛利さん。後ろ姿で表情は見えない。


「みんな、そんな言い方しないで」
「沙季……」


わたしが聞いていたことに驚いたらしい彼ら。隻眼を見開く元親がわたしの名を呟く。アンタこいつを許すのか。そう言った政宗に横に首を振って見せた。別に許すとかそういうことじゃない。


「毛利さんは昨日の夜、わたしの部屋まで謝りに来てくれたよ」
「え……?」
「頬の心配もしてくれた」


信じられないと言った様子の彼ら。わたしも最初はびっくりしたけど。


「それ本当?」
「本当だよ」
「また毛利の野郎を庇ってんのか?」
「違うよ」


ちらりと毛利さんを見たが彼は表情を変えず、何も言わなかった。でもとにかく毛利さんは謝ってくれたのだ。皆に責められる必要はない。


「だからそんな風に言わないで」
「……そうか」
「毛利殿、謝られたのでござるな」
「もう、ならそう言ってくれよ!」


ソファにだらりと座った慶次が大きくため息を吐く。他の皆も信じてくれたようで、先程までの雰囲気はいつの間にか消えていた。毛利さんと目が合ったがすぐに視線は逸らされてしまった。


******


「毛利」


朝餉を食ったあと、自室に戻ろうとしていた毛利を廊下で呼び止めた。


「沙季に謝ったんだな」
「ああ。あの女が怪我を負ったのは、我にも非があった」


目を伏せてそう言った毛利に内心驚きながらも、そうか、とだけ返す。奴の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。昨日丸一日部屋に籠もっているときこいつは色々と考えたんだろう。さっき俺たちがこいつを責めたときに反論をしなかったのは、それを受け止めることで自分に自分の非を思い知らせるためだったんだろうか。全ては俺の勝手な推測だがそんな気がした。


「俺もあのときはカッとなっちまって悪かった」
「気色の悪い。謝るなど何の真似だ」
「気色悪いって……アンタなあ」
「貴様が謝るべきは沙季であろう。腹を切るなりしていっそう詫びろ阿呆が」


沙季と呼ぶようになったのか。驚愕している俺を置いて、毛利はすたすたと自室に入っていった。


「元親」
「沙季。聞いてたのか」
「うん、ごめんね」


扉から完全に姿を表しにやにやと笑った沙季。ほんとに悪いと思ってんのかと言うと、ごまかすような笑いが返ってきた。


「毛利さんと元親もいつも通りに戻ってよかった」
「アンタがニヤニヤしてた理由はそれか」
「はは、うん」
「沙季も、よかったな」
「うん、ありがとう」


笑うその顔は少し変色した左頬と切れた口端が、やはり痛そうだ。怪我がなければいつもの笑う顔が見れたのに。


「沙季」
「あ、謝らなくていいからね」
「………」
「もう終わったことなんだから」

ね、と言う沙季に礼を述べていつかのように右頬に手を伸ばした。親指の腹で柔らかい頬を撫でる。


「どうしたの?」
「いや、別に」


不思議そうにしながらも沙季は手を避けたりはしなかった。まあそれは俺だからじゃなくアイツらでも同じなんだろうが。男として意識されてないんだというのは、沙季といて充分にわかる。最初はそんなこと全く気にしてなかったし、その方がここに置いてもらう上でも都合がいいと思っていた。だが、そういう訳にもいかなくなった。


「なあ」
「ん?」
「アンタ惚れてる野郎とかいねえよな?」
「え、なんでそんな決めつけたような……」
「で、どうなんだ?」
「いや、確かにいないけど」
「やっぱりな!」
「ええ、やっぱりって! ちょっとショックなんだけど……」


顔を引きつらせる沙季に気にすんなとだけ伝えておく。沙季はこの時代の人間だし、そういう対象になることはないだろうと思い込んでいた。一緒に暮らしてても、いい奴でも。そんな根拠一体どこにあったんだ。不謹慎だが今回の一件で気づいてしまった。俺は沙季が好きだ。


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