「沙季起きてんのか?」
「来られませぬな。まだ眠っておられるのだろうか」
「遅いとまた、遅刻する!ってなっちゃうよ」
「俺が見てくる」
「竜の旦那、朝餉作るって自分で言ったんでしょ」
「では代わりに小十郎が見て参ります」
「……ああ」


不満気な政宗様に心の中で苦笑して、一人で居間を出た。扉を閉めた先でも奴らの賑やかな声が聞こえてくる。今起きても遅刻にはならないだろうと、先ほどみた時計を思い浮かべて思った。


階段を上りながらふと思う。あの娘を気にかけるようになった自分に驚きだと。俺だけではない。ここに来た者の大半は、沙季には警戒を解いているように見える。アイツはこちらでは何もできない俺たちに、不自由ない生活をさせてくれる。沙季に世話にならなければ、俺たちはこの時代に合わせて生きていけてはいなかっただろう。最初に沙季を疑っていた自分が馬鹿らしくなるほど、アイツには助けられている。


「沙季、起きてるか」


階段を上がった先にある彼女の部屋の前で立ち止まった。扉越しに声をかけるが返答がない。


「入るぞ」


視界に入れたベッドには上半身を起こした沙季がいる。起きているなら返事しろ、と言おうとしたができなかった。胸を押さえて荒い呼吸を繰り返す沙季。彼女の浅い息の音が室内に響く。俺が部屋に入ったことにも気づいていないようだった。


「おい、どうした!」


すぐに沙季に近寄ると涙の膜が張った目がハッとしたように俺を写す。


「小十郎さん」
「どうした? 体調が悪いのか?」
「ご、ごめん、平気。何でもないよ」
「何でもねえわけねえだろうが」
「大丈夫だから」


そう言って笑うが、作り笑いだというのはすぐにわかった。


「わたし、どこも悪くないし」
「じゃあ何があった」
「……本当に、何もないから」


何か理由がある。だがきっと聞かれたくないことなのだ。このまま尋ねても沙季は口を割らないという妙な確信があった。


「……そうか。なら早く起きてこい。遅刻するぜ」
「うん」
「何かあったら言ってくれていい」
「え?」
「力になる」
「……ありがとう」


緩く笑った沙季の頭を撫でると、少し驚いたような顔をした。自分たちは沙季に助けられたのだ。何かあれば、今度は此方が力になってやりたい。先に行っている、と告げて俺は居間に戻った。


「沙季起きてたかい?」
「ああ。準備をしていた」
「まさか着替えてるとことかに入ってないでしょうね」
「え!?」
「片倉殿……!」
「んなわけねえだろうが」
「あやしー」
「猿飛テメェ……」
「冗談ですよ」


笑いながら厨房に行く猿飛の後ろ姿を睨む。本当にそうだなんてことになれば、他の者にも何か言われかねない。現に不機嫌そうに俺を見る政宗様には見えないように、ため息を吐いた。不意に俺の後ろの扉が開いた。振り返るとそこには着替えを済ませた沙季が。


「小十郎さん、さっき来てくれてありがと」
「ああ、気にすんな」
「うん、おはよう」
「おはよう」


居間に入り、沙季は奴らと挨拶を交わしていく。そのあと沙季は隣の部屋に向かった。


「おはよう。父さん、母さん」


しゃがんで挨拶をする沙季の前には彼女の両親の写真。沙季は毎日必ず写真に向かい挨拶をする。俺たちがここに来た日もそれは欠かしていなかった。沙季に影響された奴らや、そして俺が二人に挨拶をすることに、アイツは照れたような嬉しそうな顔をする。


「お腹空いたー」
「今朝の朝餉は政宗様が作られた」
「そうなの? おお、おいしそう」
「ほんとだ!」
「心して食えよ」


戻ってきた沙季と奴らが席に着く。座ってから時間を意識したらしい沙季が急いで食事を済ませた。


「ありがとう、おいしかった」
「You're welcome」



礼を言う沙季に政宗様が向けられる表情は穏やかだ。元いた世界で見ることはあまりなかった。ここでの暮らしは、政宗様にとってもいい休息になっているらしい。それはこちらに来たことの善い点だと言えよう。そのあと、いってきます! と言って慌ただしく出て行く沙季を見送った。


沙季は俺たちを信用している。だからこそ俺たちをこの家に置いているのだろう。だが沙季にはどこか本心を隠しているようなところがある。それ故か、あまり自分自身の話をしようとはしない。性格もあるのかもしれないが。沙季は俺たちに近づきながらも、入り込まない微妙な距離を保っているのだ。他の奴らもそれには気づいているだろう。だが誰も何も言わない。俺たちが沙季に言わないことがあるように、沙季が俺たちに言わないことがあるのも当然だ。今朝のことも、沙季は俺に理由を話す気はないのがわかった。何もないはずはない。


だが俺たちにそれを追求する権利はないのだ。
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