「ああ!」


叫び声が、二階から聞こえた。居間にいた男たちが驚いた顔で見えない上に視線をやる。庭にいた幸村と元就も外から二階を見上げていた。え?という呟きが無意識に慶次の口から漏れた数秒あと、ハッとしたような顔をして窓を開けたのは、額に汗を滲ませる幸村だった。


「今のは沙季殿の声では……!?」
「ああ、沙季だったな」
「も、もしや何かあったのやも……!」
「怪しい気配はなかったが……」


あたふたする幸村を見ながら皆が首を傾げていると、慌ただしいバタバタという足音が近づいてくるのがわかった。居間の扉が開く。先程叫んだ張本人の沙季が、いつものように入って挨拶するのとは違い、焦りを全面に表して部屋に飛び込んできた。何事だと聞きたいのは全員だろう。


「沙季どうした、」
「ね、寝坊しました……!」
「……寝坊?」
「ど、どうして起こしてくれなかったんですか!?」
「わ、わりィ……!」
「あ! ちが、皆さんのせいではなくてですね……!」


すいません、準備してきますと叫んで居間を飛び出していった沙季をぽかんとしたまま見送る。足音の中に、「痛っ」という声が混じっていて、皆不安そうな視線を送った。寝坊をしてしまったそうだ。彼らが来てから彼女が寝坊をしたのは初めてだった。


「今日、がっこうだったのか!」
「そういや平日は毎日あるって言ってたな」
「沙季殿が起きてこられなかったため、休みなのかと……」


それは申し訳ないことをしてしまったと思っていると、沙季が戻ってきた。さっきからまだ少ししか時間は経っていないのに早い。髪には少し寝癖が残っている。


「沙季」
「な、なんですか?」
「足袋、それでいいのか?」


元親の言葉を聞いた皆が彼女の足元を見ると、いつもの膝下まである紺色の靴下が履かれていなかった。青色のそれは足首までしかなく、いつも以上に沙季の肌が見えている。


「い、いくら何でも脚を出しすぎにございますぞ!」
「ま、間違えた!」
「おい、そんな格好で走るな」


幸村と沙季と小十郎の大きな声が続く。すいません!と謝るが、沙季は足を走らせたまま。相当焦っているらしい。


「いつもの足袋ここにあるよ!」
「ありがと!」
「沙季ちゃん、朝餉は食べないの?」
「ごめん、今日はいいや! 佐助、作ってくれてありがとね」
「いえいえー」
「準備できたか?」
「できた!」
「沙季」


扉の横に置いてあった鞄を掴んで玄関に走り出そうとする沙季を政宗が呼び止める。右手には彼女の携帯電話が。


「忘れてるぜ」
「あ! ありがと」
「気ィつけて行けよ」
「うん」


携帯を手渡す政宗と言葉をかける小十郎の彼女を見る目からは、鋭さはあまり感じられなくなっていた。それを見た慶次が、よかったよねえ、と夢吉に語りかけると同意するように笑う。いってきます!と言う声と共に、彼らが見送る暇もないまま沙季は家を飛び出していった。


「焦ってたな」
「あの娘もっとしっかりしてるのかと思ったけど、結構ぬけてるよね。だんだんわかってきた」
「所々敬語が混ざっておられました」
「びっくりしたぜ」
「ぷっ、あはは! 面白かった!」


さっきまでいた彼女を思い出すとなんだか可笑しい。最初の落ち着いたしっかりとした印象とは随分違う。日が経つに連れて、彼女の素がだんだんとわかってきた。少ししたあと、定期忘れた! と言って戻ってきた沙季に皆はまた笑うのだった。
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