夕食が終わり、毛利さん以外のリビングにいる皆も少しのんびりとしている。湯船にお湯をはっている間に昨日一度動かなくなったドライヤーがちゃんと使えるかチェックしようと思い、コードをコンセントにさした。が、電源を入れても温風を出す気配がない。どうしよう。昨日これの動きを停止させ、そして同じように直した彼なら何とかできるだろうか。


「元親」
「何だ?」
「ドライヤー動かなくなっちゃったんだけど、見てもらっていい?」
「俺が昨日いじったやつか……」
「いや、原因は違うかもだけど」


彼にドライヤーを手渡す。修理に使えそうな道具を取る為にリビングを出て戻ったとき、ドライヤーはいつものように音を響かせ動いていた。


「あれ?」
「俺が電源つけたら普通に動いたぜ」
「なんだ、そっか」
「よかった。壊したと思った」
「ごめんね、びっくりさせて」
「気にすんなって。ほらよ」
「ありがと」


ちゃんと使える。よかった、と息を吐いた。ふと室内が妙に静かだなと思いドライヤーを見ていた目を移すと、元親と慶次以外の四人が若干目を円くしてこちらを見ていた。


「ど、どうかしましたか?」
「……名を」
「え?」
「元親殿の名を呼び捨てにしておられるのでござるか!」


私に向かってそう言った真田さん。他の方が驚いているのも同じ理由だろうか。他の人から見てもやっぱり呼び捨てはまずかったのかな……。


「いいだろ。 俺も慶次って呼んでもらってるんだよ!」


慶次は夢吉を撫でながらどこか自慢気に言う。真田さんが妙に感心したような声を上げた。


「沖田殿、ならば某のことも幸村と呼んで下され!」
「旦那まじ?」
「うむ。沖田殿が過ごしやすいようにして頂きたいのだ。敬語も不要にござりますれば」
「そんな……」
「じゃあ俺様のこともそうしてよ」
「さ、猿飛さん……」
「旦那がそれで、俺様だけ敬称と敬語って訳にはいかないからね」


よろしく!という感じで笑顔を向けられれば、断ることはできなかった。


「じゃあ俺も政宗でいい」
「え!」
「政宗様……」
「お! 独眼竜もか」
「俺たちは置いてもらってる身だからな。真田幸村が言うように、アンタが過ごしやすいようにしな。敬語もいらねえ」
「……なら俺にも同じようにしてくれ」


円くなっているだろう目で片倉さんを見た。いつもと同じ冷静そうな顔。伊達さんと片倉さんまでこんなことを言うなんて。本気なのかと内心信じられない気持ちになる。具体的な年齢は知らないが、片倉さんはおそらくわたしより十近く年上だ。戦国時代の方とか関係なく呼び捨ては躊躇われる。


「あの、片倉さんは年も離れてるので……、じゃあ小十郎さんでいいですか?」
「………」
「いいんじゃねえか? 小十郎」
「……わかった。それでいい」


敬称ありを承諾してもらえたことにほっとする。だがこれで結局七人中五人呼び捨て、六人タメ口になってしまった。これ、許されるのだろうか。


「あの、皆さん本当にいいんですか?」
「俺らがいいって言ってるんだからいいよ」
「どうかお気になさらず」
「……わかりました」


もうこれは命令だと思ってそうさせてもらうしかない。ようやく納得したわたしに彼らが笑いかけた。


「順番に呼んでみたらどうだ?」
「え! いきなり?」
「練習だと思ってよ」
「う、うん」


元親の提案に躊躇いながらも頷く。一度深く呼吸したあとゆっくり口を開いた。


「幸村」
「はい!」
「佐助」
「はいはーい」
「ま、政宗」
「OK」
「小十郎、さん」
「ああ」


呼び終わったあと息を吐く。なんだこの緊張。みんな呼べたね!と言ってくれた慶次に頷きで返す。ちゃんと意識していないとすぐに敬称をつけて呼んでしまいそうだ。彼らに苦い笑いを向けたとき、幸村と佐助を見てふと思ったことが。


「私のことも呼び捨てでいいよ。沖田でも、沙季でも」
「それはできませぬ!」
「え? どうして?」
「恩人である沖田殿を敬称なしには」
「恩人って……いいよそんなの」
「それに女子を呼び捨てにすることには、慣れておらぬ故」
「あ、そうなんだ」
「なので! 沙季殿と呼ばせて頂いてもよろしいか」
「え?」
「だ、駄目でござるか」
「もちろんいいよ! そう呼んで」
「感謝いたす」


急な申し出に驚いたが、これからは名前に敬称で呼んでくれるらしい。赤い顔のまま礼を言われ、なんだかくすぐったい気持ちになる。


「俺様は沙季ちゃんのままでいい?」
「それが呼びやすいならそれで」
「うん、呼びやすい」


そう言って佐助はにこりと笑う。結局は呼びやすいように呼んでくれるのが一番だろう。


「沙季」
「は、はいっ」
「呼んでみただけだ」


私を呼んだのはソファに座っていた政宗だった。彼に名前を呼ばれるのは今のが初めてで、びっくりして反応が遅れてしまう。


「名前呼んでもらったの、初めてだね」
「ああ、初めて呼んだ」


ぷいと顔を背けた政宗を、思わず締まりのないたまろう顔で見つめてしまう。三日目の夜、彼らとの距離が少し縮まった気がした。
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