「ご両親がお亡くなりになっていたとは……」


沙季が風呂に向かった後、一番に口を開いたのは幸村だった。先程から電源が切られたままのテレビは、黒い画面に鏡のようにリビングを写している。この家に彼女しかいないことに、家族が亡くなっているという可能性を考えなかったわけじゃない。ただ、彼女を見ていて親を亡くしているようには見えなかったのだ。


「兄貴はいるらしいけど、あんまり会えねえみたいだしな」
「この屋敷に、いつもお一人で……」


元親と幸村のそれぞれの呟きに誰も何も言わなかった。七人が集うリビングにただ沈黙が流れる。時計の秒針の音が自棄に響く中、それを唐突に破ったのは慶次だった。


「なあ、みんなもうちょっとあの娘のこと考えてあげようよ」
「……慶次」
「独眼竜と竜の右目、毛利の兄さん、あんたらもっとあの娘に優しくできないのかい?」


そう言って慶次は三人に視線を向けた。だが誰も彼とは目を合わさない。幸村、佐助、元親はその様子を黙って見つめている。三人の中で最初に口を開いたのは小十郎だった。


「信用ならねえ奴に優しくすることはできねえ」
「まだそんなこと言ってるのか。俺たちのためにあんなに色々してくれてるのに、一体何が信用ならないんだ」
「………」
「もういい加減疑うのはやめたらどうなんだよ。あの娘が怪しくないてことは、アンタらもこの二日で充分わかっただろ?」


何も言わない小十郎たちに、慶次が呆れたようなため息を溢す。反論をしないということは少なからずそう思っているということのはずだ。何故そこまで彼女を悪者にしたがるのかが慶次にはわからなかった。


「風来坊の言う通りかもしれねえな」
「政宗様……」
「アイツを疑う必要も、もうねえ気がする」


暗い窓の外を見ながら独り言のようにそう言った政宗。彼の従者が驚いたように名を呼ぶがそれを気にせず、慶次を振り返った。


「優しくしてやれるかはわかんねえが、疑うのはやめにするぜ」
「そうこなくちゃ! で、竜の右目は?」
「……政宗様がそうおっしゃるなら、俺もそれに従うまでだ」


少し渋っている様子ながらも了承した小十郎に満足そうに慶次が笑う。幸村も元親も頬を緩めた。


「毛利、アンタはどうすんだ?」


この場にはいるが、先程から我関せずと言ったように一人掛けのソファに座り新聞を見ていた元就。そんな彼に声をかけたのは元親だった。皆の視線が自然と元就に集まる。


「まだアイツを疑うのか?」
「毛利の兄さん、昼間のアンタの態度はあんまりだったよ」
「それがどうした」


広げていた新聞を勢いよく閉じて立ち上がる。そしてスタスタとリビングの扉まで歩を進めた。


「おい」
「あの女だけの話ではない。貴様ら誰一人として、我は信用などしておらぬわ」
「毛利殿!」


ドアが閉まる音が大きく響く。元就が自室の扉を閉めたのだろう音が彼らの耳にも届く。


「毛利の旦那を変えるのは中々厳しいだろうね」
「……ああ」
「とりあえず今日みたいなことはもうさせないようにしないと」
「そうだな」


あまり大きくない声でひっそりと会話をする。少し暗い雰囲気が慶次が大きな欠伸をしたことで和らいだ。見ていた元親が口を開く。


「そろそろ俺らも部屋に戻るか」
「そうだね」
「政宗殿に片倉殿、明朝は沖田殿にきちんと挨拶をして頂きたい。今朝沖田殿から挨拶をされたとき、ぞんざいな返事しかされておらなんだのを某見ておりましたぞ」
「俺も見た!」
「……OK.OK」
「……了解した」


思い当たることがあるのだろう、少し気まずそうに返事をした政宗と小十郎。幸村が満足そうに頷いた。その場で解散し皆それぞれの部屋へ向かっていった。


「今日の朝、真田の旦那ならその場で独眼竜たちに注意すると思ったぜ」
「言いそうになったのだが、沖田殿の手前、止めるべきかと思ってな」
「へえ。考えたわけね」
「うむ」
「もう灯り消していい?」
「佐助」
「ん、なに?」
「お主ももう少し沖田殿を信じて良いのではないか」


すいっち、と呼ばれるものに伸ばしかけていた手を止めた。ベッドに腰かけていた幸村が佐助を見て小さく笑みを浮かべている。


「昨日の夜、この屋敷の中を見たのであろう? ここに怪しい物は何もない。あの方が何の企みもしておらぬということ、お主もわかったであろう。今日はもう寝ろ」


気を張りすぎるな、佐助。そう言って幸村は布団に潜った。佐助の口から盛大なため息が漏れる。彼には全部お見通しだったようだ。敵わないよほんと。佐助は心の中でそう呟いて灯りを消し、自分も布団に潜り込む。家を探るのは今日はやめよう。昨日一晩中探って、わからない物が多い中でも怪しいと思ったものは特にはなかった。表面上だけじゃなく、もう少し信じてみるべきか? 佐助は自分自身に問いかけたが答えは返ってこなかった。


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