「悪かった」
「も、元親くんは何も悪くないですよ」


服を手に慶次くんたちの部屋を訪ねたら元親くんに開口一番で謝られてしまった。夢吉と遊んでいる慶次くんがわたし達を眺めながら苦笑している。


「毛利の野郎にはあの後何か言われたか?」
「いえ、特には」


まあ毛利が謝るわけねぇか……。そう呟いて彼は銀色の髪をがしがしと掻いた。元親くんが一番さっきのことを気にしている。彼が謝る必要はないのに。


「本当に、気にしないでください」
「俺はアンタに止められてなかったらあの野郎に殴りかかってた気がする。闘わねえって約束したのによ」


すまねえ、と元親くんは伏し目がちに呟いた。彼はそれを気にしていたのか。わたしが最初に言ったことをちゃんと守ろうとしてくれていたらしい。自分と対立する人間と争うのを我慢するというのはやはり苦しいことなのだろうか。さっきの猿飛さんとの会話を思い出して、そう思った。


「あのとき止まってくれてよかったです」
「沙季に言われたからな」
「……ありがとうございます」
「毛利にあんなこと言われて、腹立たなかったのか?」
「いえ、確かに、毛利さんの言う通りだなって。わたしも軽々しく話しかけてしまったので……」
「沙季は悪くねえよ。アンタのせいじゃねえ」


ありがとうございます、と言うと彼は笑顔を見せてくれた。


「独眼竜とか片倉とか、猿飛もアンタを警戒してるみてえだけど気にすんなよ。なんかされたら俺たちに言いな」


な! と後ろを振り返った元親くんの視線の先には笑って頷く慶次くん。


「いい人……」
「あ?」
「元親くんて、いい人ですね」


最初は怖い人なのかな、と彼の見た目から勝手にそう思っていたが全くそんなことはなかった。偏見を持っていたことが申し訳なくなる。


「おいおい、別にそんなことねえよ」


視線を逸らし横を向く。照れてるのかな。少し意外だ。それに小さく笑うと、笑うんじゃねえよ、と言う照れ臭そうな声が返ってきた。


「慶次くんも」
「お、そうかい? 元親ばっかり褒められてずりぃなと思ってたとこだったよ」


そう言って笑う彼は少年のようだ。彼の手の中にいる夢吉が楽しそうに鳴いている。


「でも“いい人”は沙季だよ」
「え、わたしですか?」
「うん」
「いやわたしは別に……」
「いきなり来た俺たちを置いてくれただけで、充分いい人だ」
「俺もそう思うぜ」


私は彼らに言ってもらえるようないい人ではないけれど、ありがたくお礼を言っておいた。そのあと軽く挨拶を交わして部屋を出る。次に向かおうとしていた伊達さんと片倉さんの部屋の前で、右目に眼帯の彼と鉢合わせた。


「伊達さん」
「何だ」
「これ伊達さんと片倉さんの洋服です」
「ああ、Thanks」


わたしの手から離れていった衣服は今は彼の手に収まっている。最後に発せられた綺麗な発音の英語。彼のそれは初めて会ったときから気になっていたものだった。戦国時代は英語を話すイメージはなかったが違うのだろうか。


「伊達さんは英語が話せるんですね」
「英語? 南蛮語のことか」
「はい」
「アンタは話せんのか」
「学校で勉強するので、少しだけ。伊達さんの時代も、皆学ぶようになってるんですか?」
「いや、違う」
「そうですか」


伊達さんはわたしを見てはいなかったが、彼の呟きに一人頷いた。学んでいないということは他の方は話さないのだろう。そんな時代で英語を操る伊達さんはきっとすごい人なんだろう。感心しながら沈黙の中、服を眺めている伊達さんをぼんやり見つめる。不意に顔を上げた伊達さんと視線が交わった。私が見ていたことに気付き眉を寄せた伊達さんにハッとする。


「何だ」
「あ、いえ」
「用があるなら言え」


鋭い左目で見られて視線が泳ぐ。特に用はなかった。


「何もねえなら見んな」
「す、すみません……」
「………」
「あ!」
「……Ah?」
「今日の夕飯は洋食の料理にしようと思ってるんです」
「………」
「………」


頭に浮かんだことをそのまま咄嗟だったのでかなりどうでもいいことを言ってしまった。怪訝そうな顔をする伊達さんを見て、しまったと後悔する。どうしようかと再び視線を泳がす私の耳に飛び込んできたのは短い笑い声。鼻で笑う感じだったけれど。


「OK. どんなもんか楽しみにしとくぜ」


わたしに向けて伊達さんが笑った姿を見るのは初めてで、少し驚いた。噛み噛みで返事をしたわたしにまた彼が小さく笑う。
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