ベッドが二つあるからあとは布団が五枚必要だ。そして我が家には丁度布団は五枚ある。なんて偶然。これは昔、両親が家族の人数分買ったものだ。私が小さい頃はよく五人で寝ていたな。五枚全部使うことはほとんどなかった気がするけど。


「おお、布団きれいだ」


きれいな状態で保存されていてよかった。ふと廊下から聞こえたのはこの和室に近づく二つの足音。入口に目をやるとそこには前田さんと長曾我部さんが立っていた。


「あれ?」
「すみません、お邪魔してます」
「ここは沙季ちゃんの家だろ?」


笑いながら前田さんが言った言葉に長曾我部さんも頷いている。


「お二人とも寝るときはこの布団を使ってもらえますか?」
「おお、わかった。ありがとな」


人の良い笑みを浮かべるお二人にこちらの頬も緩むが、この部屋に長居してはダメだということを思い出す。布団を他の方の部屋にも運ばないといけない。


「沙季ちゃん、この布団って他の奴の部屋に運ぶのかい?」
「はい。伊達さんたちと真田さんたちに一枚ずつと、毛利さんの分です」
「じゃあ持ってくよ」
「俺も行く」


軽々と布団を持ち上げた前田さんと長曾我部さんに驚きで変な声が溢れた。部屋を出ようとするお二人を引き留める。


「は、運びますから大丈夫ですよ」
「でも大変だろ?」
「いや……」
「これぐらいやらしてよ」


二階の奴らに運ぶよ、と言ってお二人は出て行ってしまった。申し訳ない気持ちになりながらも私も布団を運ぶべく和室を出た。毛利さんの部屋の前に立ち閉じられた扉をノックする。誰だ、と言う声の主に用件を伝えると扉が開いた。


「あの、これ使って下さい」


布団は中に入って置かしてもらおうと思ったが、部屋に入られるのは嫌かもしれないと思い直し入口で手渡すことにした。布団を受け取りすぐに私に背を向けた毛利さん。


「ご苦労だった」


ドアが閉まる前に小さな声で言われた言葉に少なからず驚いた。そのあと再び和室に戻る。ノックをし名前を言うと、入ってと言う元気な声が中から聞こえた。


「失礼します」
「どうしたんだい?」
「さっきは布団運び、ありがとうございました」


正座をし礼を述べる。だが、顔を上げてくれと言われすぐに再び元の状態に戻ることになった。


「いいって、そんなの」
「さっきはお礼を言えなかったので」
「布団運んだだけだぜ?」
「助かりました」


そう言うとお二人は少し困ったような笑みを浮かべながら顔を見合わせていた。前田さんと長曾我部さんは仲が良さそうに見える。下の名前で呼び合っているのも聞いたし。


「前田さんと長曾我部さんは仲が良いんですね」
「俺と元親は友達だよ。なあ?」
「おうよ」


笑い合う様子からも仲の良さがよくわかる。なんだか見ていて微笑ましい。違う軍通しの人間でも友人関係にあるんだなあ、とぼんやり思った。あ! と突然何か思い出したような声を上げたのは前田さん。びっくりした。私も長曾我部さんもその声に首をかしげて彼を見る。


「さっきから沙季ちゃんに言おうと思ってたんだ!」
「わたしにですか?」
「そうそう!」


もしかして何かしてしまっただろうか。そういう考えが浮かんだが、前田さんの様子を見て、違うかなと思い直す。一人思考を巡らせるがわからなかった。


「慶次でいいよ」


一瞬言われた意味がわからずぽかんとしてしまう。けいじ、とは確か前田さんの下の名前だ。遅れて理解した。


「ずっと前田さんって言ってたけどさ、慶次って呼んでほしいんだ!」
「俺も元親でいいぜ。敬称も別にいらねえ」


俺も!と声を上げる前田さん。……わたしなんかがそんな風に呼んでもいいのだろうか。お二人ともあちらで地位の高い人のはず。本人たちがそう呼んでくれと言うのならそうするべきなんだろうが、どうも躊躇われる。


「い、いいんですか?」
「いいって! 俺たちがそうしてほしいんだから」
「じゃあ慶次さんと、元親さんで」
「うーん、まだ固いなあ」


納得いかない様子のお二人に、どうしようかと焦る私。呼び捨てはさすがにできない。


「じゃあ、慶次くんと元親くんでどうですか?」
「まあ、それで許してやるか」


悪戯っ子のように笑うお二人に、OKが出てよかったと安堵の息が漏れた。


「わたしのことも呼び捨てでいいですよ」
「いいのかい?」
「はい」
「じゃあ沙季って呼ぶよ」
「ありがとうございます」
「敬語もやめてくれていいぜ?」
「それはさすがに……」
「はは! じゃあまた今度だね」


三人で笑い合う。なんだか不思議な感じだ。ふと視界に入った時計でもう時間も遅いことに気付き、そろそろ失礼しますと言って腰を上げた。


「おやすみ、沙季」
「おやすみ」


和室を出る前にお二人に言われた言葉はこの家で聞くのは久しぶりで。驚いたと同時に、なんとも言えない気持ちになった。


「おやすみなさい、慶次くん、元親くん」


ゆっくりと襖を閉める。思わず頬が緩んだ。彼らがそれぞれの部屋に戻ったあと風呂に入った。風呂は思った以上にきれいに使われていて、慣れない中で気を使ってくれたんだと思う。そのあと大量の食器を洗い、今日やるべきことは終了した。自室に向かうべく二階に続く階段を上る。すると、兄の部屋の扉に背を預けて片倉さんが立っていた。


「どうしました?」
「お前を待ってたんだ」
「え? あ、すいません、お待たせして」


待たせていたとは申し訳ないことをした。それと同時に、何だろうという疑問が浮かぶ。


「俺たちに食事や寝床を与えてくれたこと、感謝する」
「いえ、そんな、」
「だが、お前を信用できたわけじゃねえ」


片倉さんの目が鋭くなる。いきなり言われたことに少なからず驚いた。返す言葉が出て来ず、私は開いていた口を閉じる。


「暫くはお前を疑うことになる。覚悟しておいてくれ」
「……はい、わかりました」


了承の言葉を述べた私に片倉さんは特に何も言わなかった。今日きたばかりの彼らに疑われるのは仕方がないことだろう。それは覚悟の上だ。


「待っていてくれて、ありがとうございました」
「いや、それはいい」
「お疲れだと思いますし、早く休んでくださいね」
「それはお前もだろう。もう寝ろ」
「はい。おやすみなさい」


言われた通りにすべく挨拶をしたあと自室に入った。すぐにベッドに寝転がり布団を被る。今日の疲れが一気に襲ってきた気がした。信じられない一日だった。今日あったことは夢じゃないかと思ってしまう。でもすべて、現実なんだ。色々信じられなくて、考えが巡るけれど、眠気には勝てなかった。重い瞼はそのあとすぐに下がってくる。


「あれ、右目の旦那どうしたの?」


使ってくれと言われた部屋の前で未だに立ち竦んでいた自分に声をかけたのは、隣の部屋から出てきた猿飛だった。どうしたの、とは白々しい。


「聞いてたんだろ?」
「バレた?」


笑う猿飛を見てため息を溢す。こいつが忍装束以外のものを着ているのに改めて違和感を感じる。それは他の奴にも言えることだが。不意に猿飛が俺に向けていた目をあの娘の部屋に移した。


「あの娘、変わってるよね」
「ああ」


確かに、変わっている。いきなり別の時代から来たと言う男たちを自分の家に住まわせるなど、本来考えられるだろうか。食事に毒が入っているのではと毒味をさせたときも、信用できないと言ったときも、あの娘は表情を変えはしなかった。


「相当なお人好しか、只の馬鹿か」


低く呟かれた猿飛の言葉を聞いて、自分も娘の部屋に視線を移す。今はもう眠りについているのだろう。もし寝込みに何かされたら、とはあの娘はきっと疑ってもいないはずだ。


「テメェは何するつもりなんだ」
「俺様はこの家ちょーっと見させてもらおうと思ってね」
「怪しまれるようなことはするなよ」
「そんなヘマしないって! 右目の旦那にも報告しますよ」


それじゃ、と小さな声で言った猿飛はその場から姿を消した。今頃すでにこの家のどこかで何かを探っているんだろう。再び一人になったこの場に訪れる静寂。もうここにいる必要はないと思い、自分も床に付くべく、主の眠る部屋の扉に手をかけた。
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