祭りの日は晴れていた。白い雲が点々と浮かぶ高い空の下、出店に集まる人々の喧騒が聞こえる。飴屋、団子、雑貨を扱う店もある。そこかしこに目を配りながら佐助は木の上を軽々と飛び移っていた。才蔵がうわばみを倒したこともあり今年も無事に収穫の時期を終えている。
皆の楽しそうな表情を確かめた佐助が上田城本丸の屋敷へ向かうと、薫と伊佐那海がきゃあきゃあとはしゃぐ声が聞こえてきた。城壁の瓦に着地したところで、黒髪を一つに纏めた素朴な身なりの者と目が合う。薫付きの侍女の初である。彼女が佐助の存在を伝えたのだろう、一拍遅れて二人も同じ方向を見上げた。彼女達の服装がいつもと違うことに気付いた佐助の名を呼んだのは、伊佐那海の快活な声だった。

「佐助ー!!」
「ちょちょちょちょっと伊佐那海!?」

佐助が瓦を蹴り地面に降り立つ。才蔵にしているように両の腕で薫をぐいぐいと引っ張る伊佐那海。困惑した声を上げる薫の顔は微かに赤い。どうしたものかと彼女を見た途端佐助は思わず───失語した。



07



真紅の反物に大きく刺繍が施された花魁草の花。裾は斜めにカットされ同布でフリルが付いており、右の腿から下が露わになっていた。合わせもいつもより緩く鎖骨が見え隠れしている。笛を吹くなら肺と腹は締めすぎてはいけないという伊佐那海の主張を受け、初が仕立てたものだった。

「どう、どう!?
アタシ達可愛い!?」

紅梅の衣装を纏った伊佐那海も普段より可憐さが引き立っているが、やはり薫の華麗な出で立ちが目を引く。白く細い脚に浮き出る鎖骨、髪が高い位置で留められたことで見える項。着物の柄もあり嫋やかに咲く大輪の華を思わせた。伊佐那海を窘める彼女の恥ずかしそうな様子に佐助の頬が熱を持つ。

「…う、ん」
「よかったぁ、じゃあ才蔵探してくる!!」
「え、ちょ…伊佐那海ー!?」

ぎこちない佐助の肯定に伊佐那海は顔を綻ばせた。ぱっと薫の腕を離しどこかへ駆け出していく。置いていかれる側としては堪ったものではない。今の姫君と二人きりでは佐助の心臓が破裂してしまいそうになる。あわあわとしだす彼に薫は低い声で問うた。

「………本当?
露出が過ぎてない?」

じとり見上げてくる薫に佐助は背を仰け反らせた。柳眉が顰められる。長い睫毛に縁取られた大きなまなこ。頬は桃色に染まっている。むうと曲がる唇は演奏を控えているからかごく薄く色付いていた。肌を見せることへの躊躇いと格好への不安を表情の中に見て取った佐助は、ぐっと拳を握り締めた。

「………かわ、いい」
「、」

佐助が顔を背ける。今度は薫が閉口する番となった。先程伊佐那海と二人でいた時の首肯よりもずっと胸に響く言葉。外気に晒される脚が不思議な感じがする。ふわふわと浮遊しそうな心地を大きく息を吸うことで押し込め、「なら、いいんだけど」と絞り出す。
係の者にそろそろ出番だと声を掛けられる。佐助と次に会えるのは随分先、空が眠りに就いた後になるかもしれない。演目が終われば幸村の酌に付き合い、家臣と初を連れて民への挨拶に赴くことになる。真田の娘としてやることはやらなければならない。佐助の足先がざっ、と地面を擦った。

「…物見、戻る」
「…うん」

佐助は忍だ。祝いの席に乗じて敵勢力に攻め込まれたり─上田においてはないと信じたいが─謀反などが起きた際対処出来るよう、忍隊だけは今日も任を解かれていない。祭りを楽しむことは叶わないのだった。薫は本当は佐助と一緒に出店などを回りたいと思っていたが、こればかりは不満を訴えたとしてもどうにかなるものではない。下唇を噛む彼女を佐助がじっと見る。

「…されど、薫の笛、聴く」
「え?」
「遠くからでも、聴く」

忍故、耳はいい。そう言って佐助は屋敷に向かって跳んだ。屋根から屋根へと移り反対側の城壁へ。僅かに見えた耳朶が真赤だったのは気のせいだろうか。薫の肌が波打つ。帯に差していた篠笛を手に取り佐助が去った方向へ一つ頷いた。催促する声に彼女は踵を返す。佐助がどこかで笛を聴いてくれる、それだけで心持ちは全く異なってくる。
袴姿に導かれ木造の舞台へ。菓子や酒を手に持つ民が薫を見守っている。六文銭を背に真中へ立つと正面に幸村の赤ら顔が見えた。普段よりも派手な彼女の衣装に六郎が左眼を大きくする横で、初は楽しげに笑っている。歌口を柔らかな唇に当て、軽く息を吐いてから肺を満たす。ひゅお、と低い呂音が空気を震わせた。頭の中に浮かぶものは佐助の存在、ただそれだけだった。

( 20120219 )

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