青磁に鳳凰が舞い羽ばたく。部屋の中に広がる深く濃厚な芳しさ。ここは驚く程静かすぎて、騒がしさの戻った上田城と本当に同じ敷地にあるのかと思わず疑ってしまう。城に設けられた庭園の奥にある茶室には薫と才蔵二人だけの姿があった。

「どうぞ」
「おう」

元はにじり口を開けようとしていた薫を才蔵が見つけたことが始まりだった。朱色の鮮やかな帯が目に留まり何をしているのかと声を掛けると、彼女からは茶を飲むかという誘いが返ってきた。そして、換気が目的と言っていたにも関わらずあっという間に茶道具と菓子の用意が出来上がる。こうなれば断るわけにはいかない、彼は初めて茶室に足を踏み入れた。

「…最近ね、」

狭い入口を滑るようにして入った庵はひやりとした空気が漂っていた。薫が風炉を焚くと蒸し暑さで微かに肌が湿るが、仄明るさがちょうどいい。茶を点てている彼女は顔色ひとつ変わらない。涼やかな青磁色の反物、茶杓を動かすしなやかな手首。ほっそりとした輪郭はいつ見ても優美で、彼女のいる空間はいつも心地が良い。恐る恐るといった様子の才蔵が茶器を受け取った場面を確かめ、薫は小さく口角を上げた。

「もうちょっと茶室が広くてもいいかな、って思うんだよね」
「………いや、つってもあいつら茶道わかんねーだろ」

粗方皆で茶を飲みたいとでも思っているのだろうと才蔵は悟る。しかしあの勇士達のことだ、茶菓子片手に騒ぐに違いない。あいつらには煎茶で十分だと思いながら抹茶を一口啜る。細かな泡が口蓋を撫でる擽ったさ。適度な温度と苦味に「うめぇな」という呟きが漏れる。才蔵も茶道の厳密な礼儀は知らないが、偶にはこんな時間を過ごすことも悪くない。干菓子に手を伸ばそうとした彼に薫が尋ねた。

「才蔵、───伊賀に行くの?」



シュガーポットに隠した恋心



才蔵が帰郷する原因は伊佐那海にある。彼女が閉じ籠った闇を斬ろうとした際摩利包丁が刃溢れを起こしてしまい、その修復には伊賀にいる刀鍛冶の腕が必要不可欠だった。近いうちに上田を離れると首肯する彼を前に薫の横顔に僅かに影が差す。ぽいと放り込んだ干菓子を飲み込むまでの間彼女を見つめる才蔵。

「………一緒に行くか?」
「え?」

ふと口をついて出た言葉に才蔵自身も、また薫も驚愕した。ばっと彼の方を向いた双眸に動揺を隠せない。自分で言い出しておきながら才蔵は慌てて目を逸らす。

「あ───いや、ほらお前京も行きたいっつって強引に追っかけてきただろ、伊賀もまあそれなりにいいとこだし、な?」

自分でも何を言っているのかわからない。彼の口の中は乾いているのに喋る速度は増していた。身振り手振りが増え、最終的に才蔵は後頭部をがしがしと掻いていた。これではまるで薫と一緒にいたいと言っているようではないか。彼女と二人でいると、才蔵は時折行動の理由を上手く説明出来ないことがある。きょとんとしたまなこで彼を見つめた後、薫はゆっくり首を傾けた。迷っているような仕草。才蔵が抹茶をぐいと飲み干す。ここで首を縦に振られたら、

「…ううん、いいや。」

───引き返せない、かもしれなかった。心底申し訳なさそうな表情に才蔵は構わないとひらり手を振る。零れかけたものを押さえ、頑丈な蓋をする。眉を下げる薫にはどうしても上田を離れたくない理由があるのか、それとも彼の奥底をその真っ直ぐな瞳で覗いてしまったのか。空の茶器を才蔵から受け取り、薫は穏やかに笑い掛けた。

「ここで才蔵のこと、待ってる」

息が詰まる。鋭く重い槍の穂先で身体の真中を貫かれたようであり、指先は水を含んだ土に似て快い感覚に包まれる。才蔵は一つ息を大きく吐き胡座の姿勢から一気に立ち上がった。何故薫は如何なる時も思いを素直にぶつけることが出来るのか。彼女は武器を持ち戦うことが出来なくとも、呆れる程の計り知れない力を秘めていると彼は思う。邪気がないところがある意味厄介で質が悪い。薫といると心が凪いでいくのに、薫がいると心臓がいくつあっても足りない。

「ごっそさん」
「ん、…じゃあ気を付けてね、才蔵」
「…おー」

にじり口の枠に手を掛け、才蔵が脚から外へと出ようとする。外はかんかんに照っており気が滅入るが、一度退出しないと再び突拍子もないことを口走るか手でも掴んでしまいそうで。茶室の片付けのため薫はまだ残るらしい。苦しくて痛みを伴う関係よりも、心地が良いこの距離感がちょうどいい。そうして薫のいる上田が、かけがえのない居場所になればいい。するりと地面に降り立つ前に庵の中を振り返る。眦を下げて笑む姫君。短い一言を告げて軽く地を蹴れば、その姿はすぐに見えなくなった。

「結構なお点前、でした。」
「お粗末さまでした。」

( 20121011 )

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