太陽が欠けていく。満月がみるみるうちに朔となるような光景。指先から温度が失われていく中、薫は先日考えたことを思い出す。天照大神が天岩戸に隠れたため、世界は闇に包まれ昼夜の境目もつかなくなった───否、この底冷えはイザナミノミコトが───恐らく伊佐那海が引き起こしているのだろう。彼女が悲しみの淵に立たされている。一緒にいた佐助と十蔵は、皆は大丈夫なのか。慄く彼女を嘲笑うかのように、世界が真っ暗になった。

「………っ!!」

夜かと見違う暗さ。薫の全身ががくがくと震える。雨春は彼女の肩から飛び退き逃げてしまった。真暗な中に取り残された心地になる。冷や汗が止まらない。怖い。漆黒に心まで呑まれそうになるが、負の感情が溢れることを何とか思い留めていた。彼女の内は闇に反発するようで、共鳴しているようでもあった。せめぎ合い、渦を巻く己の中心を一人ではどうすることも出来ない。無意識のうちに薫は特別で大事な存在の名を呼んでいた。

「………佐助…っ」

瞬間、ふうと灯が点ったように胸が暖かくなった。早鐘を打ち立てていた鼓動が次第に緩やかになる。心の中まで侵食しそうだった闇が去っていき、内なる明かりが佐助達の居場所への道を示しているようだった。皆が何処にいるか、わかる。大丈夫だと言い聞かせる。怖くない。深い呼吸を繰り返しゆっくりと立ち上がった薫は、何かに導かれるように足を踏み出した。



64



佐助と十蔵が意識を取り戻した時には、灰桜も夥しい量の虫も消えていた。暗く冷え冷えとしたここに上田の美しさを見出せない。伊佐那海が起こした闇に食われたと思っていた二人は辺りを見回しながら立ち上がる。すると、佐助が手に持っていた奇魂が淡い光と暖かさを放っていることに気が付いた。もしかしてこれに守られたのか。

「しかし…!!
奇魂を手放してしまった伊佐那海は…!?」

十蔵の声で伊佐那海がいた方向を見れば、そこには黒い球体が浮かんでいた。蠢く闇はまるで繭のようである。その中に彼女が籠っている。球体から発せられている低く唸る音を十蔵は「地の底で獣が呻くよう」と表現したが、伊佐那海はあの中で泣いているのだろうと佐助は思う。そこに遠くから地を揺るがす足音が近付いてきた。伊佐那海を案じ駆け付けた清海と弁丸である。更に、

「幸村様!!
六郎も…!!」

苦しげに眉を顰めた六郎と彼に肩を貸す幸村。目が血走った鎌之介に、足を引き摺る甚八もやって来る。甚八は腕にアナスタシアを抱えていた。皆傷を負っている様子に、灰桜が勇士皆殺しだと言っていたことを佐助は思い出す。その所為で、それが切っ掛けで。込み上げる感情のまま彼は両手を地面に着いた。

「申しわけ無し!!
伊佐那海っ…守れずっ…悲しませ───」

幸村に伊佐那海の護衛を命じられていたのに、遂行することが出来なかった上最悪の結果を招いてしまった。止むことのない空気を這う音に胸が悔しさで締め付けられる。傍の十蔵がこうなった経緯を説明し、佐助と同じように両膝を着いた。

「すべては注意を怠った某の責任!!
面目次第もありませぬ!!」

深く頭を下げる二人に幸村が「無事で何より」と小さく笑ってみせた。未だ呼吸が荒い二人が壮絶な戦いを繰り広げたことは想像に難くない。佐助が顔を上げ、胸元で奇魂を握り締める。

「奇魂が、我ら、守っ…」
「───奇魂はいただきましょうか」

刹那、闇の中から勇士誰のものでもない声がした。風を切る音と共に降って来た男の足裏が、十蔵の側頭を直撃した。昏倒する彼の横で素早く方向転換し、続けて佐助を蹴り上げようとする。寸でのところで避けられたが、びりりとした殺気と素早さに反射的に奇魂が彼の手から離れた。簪を掴んだ手が一瞬にして勇士の輪の中から出て行く。赤茶の毛が彼らの前を通り過ぎた直後、その軌道を追うように放たれた苦無がその背を捉えた。才蔵が男に続いて場に現れる。摩利包丁を構えて男と対峙するように立つ。苦無の切先は着地した傍に虚しく刺さっていた。

「おやおや…10人そろっているとはね、俺以外の異形集がすべてやられたようですね───あなどっていました、勇士の力を」

鼻から下を黒布で覆い、双刀を腰に下げた三白眼。髪は結われているし、格好は違えど佐助には見覚えがあった。豊作祝の日、全く歯が立たなかった記憶。

「服部半蔵!!
かんざしを…奇魂を返しやがれ!!」

才蔵が忍具を振りかぶる。背中の刀を右手で構えた半蔵がそれを軽く防いだ。闇の力とそれを制御する奇魂が欲しいという纏わり付くような声。伊佐那海が暗闇の中にいると才蔵が悟った瞬間、半蔵の左手が振り下ろされた。上体を屈めてそれを避けると直ぐ様こめかみに膝が入った。意識が飛びかけたところを一閃する忍刀は紙一重のところで才蔵に届かない。片手で体勢を整えながら半蔵の足を払う。身体を一回転し地に足を着けた男の背後には清海が待ち構えていた。鉄棍棒を頭上から振り下ろす。しかし攻撃に手応えはなく、彼の顔の横をふわりと回り込む半蔵の姿があった。両膝による重い蹴り。清海をいとも容易く倒して再び体勢を整えた半蔵は、背に感じた気配に苦無を投げ付けた。

「な───」

加勢しようとした弁丸を制し半蔵に顔を向けた才蔵の表情が凍り付いた。近くに聞こえる木履の音。長い髪が暗がりの中揺れている。仄かな明るさを放っているものは淡黄をした袂だろう。

「みんな!!
よかった、平気───………」

勇士達のいる場に辿り着いた薫の眼前に、苦無の切先が迫っていた。

( 20120924 )

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