やっとの思いで上田まで辿り着いたのに、予想外の足止めを食らってしまったことに伊佐那海は不安に駆られた。恐らく枝葉の上から見下ろしてくる彼等は道すがら自分の命を狙ってきた者達とは異なる。しかし、怪しいなどと言われたことは心外だった。自分は巫女だ。それなのに敵と見なされている。ただここを頼れと言われるがままに目指しただけなのに。しかしかっこよくて強くて自分を守ってくれる筈の才蔵は、完全に戦闘に没頭していた。

「楽しませてくれるじゃねえかこの野郎!!」

行く手を阻んだ甲賀者─と才蔵が呼んでいた─に武器を突き付ける。幅が広く柄に白布が巻かれてある、不思議な刀。相手は首を逸らすことで攻撃をかわした。即座に身体を捻り足技で才蔵の手首を弾こうとする。
これではきりがない。早く自分の置かれている状況を何とかしたいし、とにかく下手に騒ぎを起こさず目的を果たしたい。どんな心地で上田まで来たと思っているんだ。二人が間を取ったところで伊佐那海は木の影から飛び出した。

「いい加減にしてくんない!?
アタシ真田幸村って人に会いに来たんだけど!!」
「………だから何故!?」

腰を落とした状態で甲賀者が叫ぶ。武器は相変わらず構えたままだった。足元の葉が風に舞う。会ったこともない、どんな人物なのか全く聞き及んでいない真田幸村だが、もう彼しか寄る辺はない。

「何故って…だって、その…」

神主様が、と伊佐那海が口を開こうとした時だった。ざざざ、と山道を擦る木履の音が近付いてくる。また誰かがやって来たようだった。才蔵達の戦いを見守っていた忍が皆して狼狽え始める。まさか追手か、両手を胸の前で握り締めた彼女の目に鮮やかな蒲公英色が飛び込んできた。

「───佐助!!」

しゃん、と鈴が鳴った。
出雲で舞う時に奏でられるような、気高くそれでいて自分には親しみもある音。辺りの空気を一瞬にして変えてしまう声だった。一目でわかる良質な着物に整った顔立ち、長い髪が乱れているのはここまで走ってきたからだろうか。凛とした空気を纏う彼女はまるでお姫様みたいだ、と伊佐那海は思った。



03



木菟の蒼刃に導いてもらった先にいた佐助は両手に苦無を持っていた。並大抵の敵なら既に倒している頃だろうと踏んでいたが、傍の黒衣の男とはまだ交戦中だったのだろうか。ともかく置いていかれたことへの困惑と僅かな不満は安堵に変わった。佐助は薫が現れたことに慌てて立ち上がる。動くなと念押ししたのに何故来てしまった。

「っ薫!?」
「もう、やっと見つけた!!
一体何があったの、よくわからないまま一人にされても心細くてしょうがな、…」

そこまで一気にまくし立てた薫は突如言葉を切った。視線は佐助を通り越し一人の少女へと向いている。同い年か、少しばかり歳下だろうか。暫しじっと少女を見つめた後薫はつかつかと伊佐那海へと近付いた。捕まるかもしれない、という懸念が過ったが、彼女はその場から動くことが出来ない。大きな目を更に大きくして伊佐那海の前に立った薫はおもむろにその両手をぎゅうと握った。

「大丈夫!?」
「…え?」
「こんなにたくさん怪我して!!
旅してきたの?」
「あ、あの、うん、」

それは伊佐那海が出雲を出てから初めて聞いた、彼女を心から気遣う言葉だった。主に木の枝で引っ掛けたり転んで出来た傷だが、幾度となく敵の気配を感じては恐怖に胸が抉られてきた。それすらも優しく包む薫に、上田に着くまでは諦めないと張っていた気が緩み足の力が抜けそうになる。彼女は伊佐那海の手を握り締めながら首だけを後ろに向けた。振り返った先には摩利包丁の柄に手を掛けたままの才蔵がいる。

「…えと、貴方も一緒にここまで?」
「んあ、俺?」

目の前の光景を訝しげに見ていた才蔵は声を掛けられたことに僅かに動揺した。ばちりと目が合ったこの年端のいかないおなごは何者だ。真田の忍を名乗る猿の飼い主ではない筈だ。細い顎のラインに紅潮した頬、ふっくらとした唇。そしてまなこは───しかし才蔵が彼女の瞳の色を判別しようとするとすっと大きな手がそれを覆ってしまった。薫の口から上擦った声が漏れる。

「ちょ、ちょっと佐助!!」
「目に毒。」
「テメェ…」

佐助によって目隠しされた薫はじたじたと身を動かし手を退かそうとする。才蔵は自らのこめかみに青筋が浮かぶのを感じた。叩きのめしてやろうかと刀の柄を強く握る彼の耳に薫の声が聞こえてくる。何時の間にか彼女は目を覆っていた佐助の手を剥がしていた。

「…とにかく手当てするから城まで着いて来て、二人とも」
「あ、あのアタシ、………え?」

才蔵と伊佐那海は揃ってきょとんとした。木々の中に潜んでいた忍達は姿を消している。佐助が仕様がないと言ったように嘆息した。城って何、と妙な尋ね方をする伊佐那海に薫が笑いながら片手を差し出す。蒲公英色の袂がふうわりと揺らいだ。

「上田城に決まってるじゃない」

ひょっとして自分はものすごくついてるのではないか、と伊佐那海は思う。頼りになる才蔵に出会い、薫が手を差し伸べてくれ、辛かった道程が終わる。彼女はこの暗い森を、自分を照らす月だ。おずおずと伊佐那海は傷一つない小さな手に自分のそれを重ねる。温かな掌に言いようのない心強さを覚えた。

( 20120211 )

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