京の町は、空から降り注ぐ陽射しのようだ。
都に着いた翌日、薫は早速伊佐那海達と町へ繰り出した。上田よりも西に位置するここは既に桜が散り始めている。強い陽の光が人を、物を、町全体を輝かせていた。それらが煌びやかに彼女を誘う。しかし薫は余りの眩しさに何故か俯いて歩きたくもなってしまう。雨上がりに光る地面に似た、上田のきらきらとした光景が懐かしい。

「うわーっっ、キレーイ!!」

木履をからころ鳴らしながら伊佐那海が一軒の店へと駆け寄った。匂い袋や髪飾りを見てははしゃぐ彼女を着流しの才蔵が窘める。彼らとは付かず離れずの距離で薫は店の軒先を眺めていた。濃鼠に甚三紅の細かな刺繍が入った羽織。その短かな袂が置かれている飾り紐を擦り、位置を乱す。

「、」

反射的に手に取ったものに目が留まる。空色をした飾り紐。その涼しげな色はアナスタシアの瞳によく似ていた。

「………あの、これひとつ」
「毎度!!」

咄嗟に声を上げていた薫は苦笑を洩らした。飾り紐一本だけでは、京へ赴く手助けをしてくれたくのいちへの礼として割に合わないかもしれない。鎌之介が女物の和服に文句を垂れている。土産を包んでもらっている間にふと辺りを見回せば、少し離れた場所にある看板に思わず胸がどくりと動いた。細長い管に等間隔に孔が空いている。

「ああ、あの店は笛を仰山扱ってますねん」

京訛りの店員が薫の視線の先を目で追う。包みを受け取った彼女は大股で通りを横切った。おのこの格好は何と楽なのだろう、袴の自由なことと言ったらない。才蔵の厳しい声が聞こえる。誰かが何かやらかしたのだろうかと案じながらも、薫の心は暖簾の奥に向かっていた。店へと入ってすぐにわあ、と感嘆の声を上げる。
そこにはあらゆる笛が所狭しと置かれていた。篠笛は勿論、能管や篳篥など雅楽に使われるものも多く売られている。神楽笛、鳳笙、一節切、演奏用ではない豪奢な装飾が施された楽器達、薫の唇がわなないた。こんなに沢山の笛は見たことがない。漆で光る管が並ぶ様子は壮観である。ひとつひとつを手に取ってはじっくり眺める薫に店員が吹きたいものがあれば声を掛けるようにと笑う。そう言えば六郎に頼んでいた笛の進捗はどうだろうかと思いながら吟味していると、七つの指孔を持つ篠笛より短い横笛が目に入った。

「!!」

───竜笛。樺で管が巻かれており、丁寧に鑢がかけられた孔は指によく馴染む。上田の城下で聴いた竜の鳴き声が薫の鼓膜に蘇った。同時に、記憶の中の景の眼差しに心の臓を掴まれる。旅に出るといいと促してくれた彼と、少しは同じ景色が見えているだろうか。動悸が速まる。この笛を吹いてみたいと急ぎ告げて薫は店の外へ出た。通りの伊佐那海達に「暫くここにいる」と言おうとし、

「………あれ?」

見慣れた姿がどこにもないことに気が付いた。



47



迂闊だった。薫がいる楽器屋から随分と離れた店にて、才蔵は心の中で溜息を吐いた。偶然出くわした伊達の忍との交戦を避けるため茶屋に来たはいいが、彼女がいないことに焦ったのは席についた後だった。伊佐那海に負けず劣らず世話が焼ける。薫の予測不可能な言動は才蔵も上田で目にしていたが、まさか京まで来るとは思わなかった。世間を知らない姫君はどこをほっつき歩いている、と彼の目付きが険しくなる。これで怪我でも負わせたら"猿"が黙っていないだろう。───と言うかそもそも、佐助は薫の京行きを許したのか。薫は佐助がいなくて平気なのか。才蔵には腑に落ちないものがある。しかし兎に角、

「うるっせぇ!!」

騒ぐ奴らを一喝しなければ落ち着くことすら出来なかった。皆が息を呑む妙な空気に才蔵はがしがしと後頭部を掻く。大体何故敵方と卓を共にしなければならない。居た堪れなさに身体を揺すれば、向かいにぽつねんと座る客と視線が合い益々居心地が悪くなる。
気持ちが逸る。早く席を立って薫を探しに行きたいが、伊佐那海達を置いてはいけない。彼女は才蔵が仕える主、幸村の妹である。何かあってはならない存在。しかし彼にとってそれだけではなかった。一点の曇りもなく薫が自らを信頼してくれることに、悪い気はしない。どうするべきかと才蔵が茶を啜ると、伊佐那海が不意に口を開いた。

「───薫」
「あ?」

葛餅を突ついていた匙を置く伊佐那海。きょろきょろと店中を見回す仕草に才蔵は呆れる。忍の一人、壱丸が首を傾げた。

「薫って誰?」
「つーかお前、今更薫がいねえことに気が付いたのかよ」

伊佐那海は皆の声など耳に入っていないかのように虚な瞳で空を見つめる。これには餅を黙々と食べていた鎌之介も何事かと訝りだした。全員が固唾を呑んで彼女を見守る。伊佐那海以外触れてはならない奇魂が光を帯びている気がする。才蔵が眉根に力を入れた瞬間、彼女は突如がたんと席を立った。

「薫が呼んでる」
「は!?
おい伊佐那海…!!」

素早い動きで店を出る。伊佐那海の後に続き清海の法衣が翻った。急なことに何がなんだか皆目見当がつかないが、才蔵も彼らを追うしかない。忍達に代金を払っておけと言い残す。弐虎の喚く声が茶屋に木霊した。

( 20120710 )

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