町で出会った童の親切な助言により、街道を外れ峠へ馬を進めること暫く。幸村達一行は柔らかな風を受けのんびりと旅をしていた。上洛には不釣り合いな少人数での道程。華やかさはないが、それがかえって幸村らしいと才蔵は思う。城にいる時よりも静かで、他愛ない会話が心地よい。一方で彼は城に残った者達が心配になる。最後まで渋っていた鎌之介は勿論、薫は突拍子もないことをしでかしてないだろうか。その時唐突に、ぱあん、と眩い閃光が打ち上がった。和やかな空気が切り裂かれる。才蔵に凭れて微睡んでいた伊佐那海が目を覚ました。

「きゃっ!?」

嘶きが響く。手綱を引っ張るも馬の興奮はすぐには収まらない。右往左往する鹿毛が仕掛けの縄に蹄を引っ掛け、竹刃の切っ先が六郎を囲む。即座に才蔵が飛び出した。摩利包丁でそれらを斬り刻めば、見計らったように岩肌の上から落石が四人目掛けて襲いかかる。息を呑む。制御出来ない馬を退かせるも大量の岩を破壊するも、伊賀忍とは言え難しい。すると、彼らの元に一目散に走って来る者がいた。

「伊佐那海ー!!」

白の法衣が翻る。両の足でしかと立ち、腕を思い切り引いてから前に繰り出す。連続の正拳突きが巨大な岩を全て打ち砕いた。がらがらと欠片が辺りに散らばる。

「拙僧が来たからにはもう大丈夫だ!!」
「お兄ちゃんすごい!!」

伊佐那海を振り返り清海は白い歯を見せた。難を逃れたことに皆が安堵する。それも束の間、耳元で破裂音が鳴ったことにより彼女の乗る馬が怯えて暴走を始めた。乗馬の技術がない伊佐那海には止めることが出来ず、ただ着いて行くより他ない。急いで幸村が追うものの馬ごと網に引っ掛かり足止めを食らってしまう。

「伊佐那海!!」
「さささ才蔵!!」

才蔵が伊佐那海へ手を伸ばす。彼女の身体を抱えて馬から降ろし、地面に足を着けた。しかしその片足が地に垂れた綱を踏み、木の上から大袋が姿を現す。何処からか放たれた火が燃え移り、中から無数の爆弾がばら撒かれた。

「!!?」

幾重にも張り巡らされた罠。導爆線に火の点いた球形が重力に従い近付いてきた。才蔵のこめかみを汗が伝う。その時、ごうと強い風が吹き伊佐那海達の髪を大きく乱した。───由利鎖鎌奥義、風神掌。突風は爆弾を残さず舞い上げ、上空高いところで破裂した。火薬による黒煙と轟音が落ち着いたところで、彼らの傍にて誰かが野草を踏み鳴らす。

「これでひとつ貸しな、才蔵!!」
「鎌之介!!」

鎖鎌の柄で肩を叩き、得意気に笑っている鎌之介。ここにいる筈のない彼に才蔵は目を剥く。「なんでテメエが」と詰め寄ろうとすれば、そこに遠くから一頭の馬が全速力で駆けてきた。乗り手の顔を確認した才蔵は益々呆気に取られる。まさかこいつら、追ってきたのか。馬上の人物が力強く手綱を引いた。

「───兄上、みんな!!
大丈夫!?」

高い声には戸惑いが含まれていた。蹄が地面の砂を巻き上げる。鐙に踏み掛けた足から覗く細い踝。栗毛に跨った薫が、頬を紅潮させながら皆を見下ろしていた。



44



「薫様!?」

幸村を落とし穴から引き上げた六郎が慌てて薫に駆け寄る。彼女は軽やかに馬から降り、「二人が急に走り出したからびっくりした」と胸を撫で下ろした。少しばかり速くなった呼吸を整える。刺繍の施された短い羽織に、紺青の袴。一つに結んだ髪の根元には浅蘇芳の紐が巻き付けられている。ともすれば線の細いおのこに見える格好に六郎の心中は穏やかではない。確かに淑やかなおなごの姿で旅に出れば賊に絡まれた時が大変だったかもしれないが、そもそも一国を治める家の姫が上田の外に出るなど言語道断であり、鎌之介と清海という戦闘に長けた者が随行していたとは言えこれでは余りに伴が少ないし、もし万が一のことがあったならただ事では済まされないわけで兎も角───無事でよかった。六郎は深く嘆息した。

「…薫…何をしておるのだお主…」
「何をおっしゃいますか兄上!!
私も京へ参ります!!」

その横では薫が幸村へと高らかに宣言していた。伊佐那海が手を叩いて喜ぶ。しかし兄は唇を曲げ渋面となった。上田の城を守ることも真田の者としての務めである。引き返す旨を告げようとした瞬間、岩肌から誰かが滑り降りて来る音が聞こえてきた。

「んん?」

明るい髪をした至極小柄な人物。見たことのない者に薫は首を傾げた。傍にいた六郎がまさか、と呟く。鮮やかな身のこなしでたんと着地した童は、両の親指で自らを指して朗らかに笑った。

「決めた!!
オジさん!!
僕を雇え!!」

( 20120627 )

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