白妙の雲が空高くに靡いている。伊佐那海達が発つ日、見送りに上田城の正門の前へと赴いた薫が深く息を吸うと陽だまりの温かさと空気の涼しさが混じる心地良い風を感じた。こんな日は外をそぞろ歩きたくなる。

「いいなあ、私も一緒に行きたいなぁ」
「姫様、これはただの物見遊山ではありませぬぞ」

ぽつりと呟いた薫の言葉を十蔵が窘める。彼は城門の前で伊佐那海と才蔵の姿を待ち構えていた。余程早くからここにいるのだろう、姿を見せない二人に種子島を抱えた十蔵のこめかみがひくつく。この侍には薫も度々小言をもらっていたが、忠義に厚く真摯な彼を気に入っていた。

「ついこの前まで城を開けてたのにまた遠くに行くんだね」
「何、必ず戻ってきますよ」
「…ん」

幸村よりも時々兄らしいとすら思える十蔵。実直な言葉に薫は口角を上げる。直後、のんびりと屋敷の方角からやって来た才蔵達に彼が「遅い!!」と怒鳴りつけた。今回の旅が十蔵も一緒だと知らなかった伊佐那海は衝撃を受けている。肩を落とす彼女には苦笑いするしかない。十蔵と才蔵の話し声を聞いた薫は彼らを仰ぎ見た。

「才蔵、気を付けてね」
「…おー」

気を付けて。自らへの優しさに慣れていない才蔵は頬を人差し指で掻いた。桃花の着物が微笑む薫によく映える。僅かに言い淀んだ後、才蔵は彼女の頭にぽふりと掌を置いた。

「…まぁ、何だ、…土産でも買ってきてやるよ」

小さな顔に見合った頭は彼の手に収まりがいい。さらさらの髪の感触。薫は一瞬肩を竦めた後榛色の瞳を輝かせた。才蔵は気恥ずかしさに顔を逸らす。

「…う、うん!!」
「えー!?
薫にお土産買うのはアタシの役目なのにぃ」
「だから遊びではないと何度…!!」

すぐに聞こえた不満と怒りを湛えた声に薫は楽しそうに笑う。この三人の旅は賑やかなものになりそうだ。伊佐那海が薫の腕を引き才蔵から奪い返したところで、すうと人影が近寄ってきた。次いで、短く鋭い鳴き声も。

「佐助、…あ、朱刃!!」
「…かっ…かわいいーっっ!!」

佐助の手には一羽の木菟が留まっていた。蒼刃の子の朱刃である。名は薫が付けた。雛が産まれたと聞いた彼女が佐助に頼んで巣へ連れて行ってもらい、名付け親となったのだった。薫に呼ばれた朱刃は嬉しそうに顔をくいくいと動かした。佐助の肩に乗る親鳥よりもまだ小さいが伝達の際などに活躍しており、旅の供として心強いだろう。

「ありがとう佐助!!」
「う…うん」

明るい伊佐那海の礼に佐助の頬がほんのりと染まる。目をしばたかせる薫。それを見ていた幸村はすかさず冷やかしを浴びせた。

「ほほう。
佐助は女ごころをつかむのがなかなかにうまいな。」
「───っ!!」

びくりと幸村を振り返った佐助は慌てて地を蹴り逃げてしまった。前日伊佐那海とじゃれ合っていた薫を見た時と同じ反応。辺りでは六郎にアナスタシアまで集まり益々騒がしい。十蔵が「さあ行くぞ」と呼号した。

「行ってきます幸村様、薫!!」
「じゃあな!!」
「あ…っ、い、行ってらっしゃい!!」

薫ははっとして城門を潜る三人を見た。伊佐那海に合わせて大きく手を振る。賑やかな旅、賑やかな見送り。小さくなる後姿が涼しい風を運ぶ。彼女はずっと城に背を向け、三人を見送っている。しかし、その視界は突然若草色に覆われた。

「…薫、」
「佐助?」

城門の上から佐助が降り立つ。指の腹同士を合わせ関節をゆるゆると動かしていた。まなこは何かを探すように辺りをうろつく。言いたいことならたくさんある。しかし頭の中に言葉が満ち溢れ、却って口をついて出ない。朱刃。桃花の背中。ひっくり返った花籠。薫が首を傾ける。佐助は腕を伸ばし彼女の手にそっと触れた。

「………い、伊佐那海の心、掴むつもり…無。」
「え?」

俯く佐助の表情は具にはわからない。先程のことを言っているのならばあれは幸村が悪いと薫は思う。彼の性質からしてあのように茶化されれば逃げるに決まっている───一瞬、伊佐那海に気があるのかと本気で思いかけたが。ゆっくりと彼女は佐助に尋ねた。

「…ええと、恋慕を抱いているとかそういう、」
「否!!
伊佐那海、仲間、真田の勇士!!」

がばり、勢い良く顔を上げた彼に薫は背を仰け反らせた。真剣な瞳に射抜かれ呼吸が止まりそうになる。「故、その、…っ、…」とすぐに下を向き二の句が告げない佐助と、鼓動がどんどん速くなる薫。二人の頬が赤い。

「………諾。」
「!!」

薫が佐助の指先を握り返す。照れたようにはにかむ口元。佐助の大きな鳶色の瞳が揺れた。何故彼女の前ではこんなにも心が乱れるのだろうか。柔い風が火照った二人の肌を冷やす。伊佐那海達の姿はもう見えなくなっていた。



16



添水のようだ。そんなことを考えたアナスタシアは心の内で苦笑した。俯いては顔を上げ、繋がれた手を見つめてまた視線を落とす佐助は装束の色もあり鹿威しの竹筒を思わせる。尤も、規則正しく音を鳴らす装置とは異なり彼らの心音は暴走しているだろう。春の嵐だ、と小さく息を漏らす。風がアナスタシアの金の髪を揺らした。
佐助は動物に優しい。敵に厳しい。主への忠誠心が強く、その妹は彼の中で特別な存在だ。しかし、こと薫に関しては皆がそうだった。彼女を大切に思う者は数多い。───そう、

「もう、二人して怖い顔しちゃって」

アナスタシアが傍らの幸村と六郎をからかうと、二人同時に彼女をじっと見た。屋敷へ戻ろうと歩いている彼らが、城門前から動かない姫と忍を頻りに気にしていることなら知っている。六郎が顔を顰めアナスタシアの名を呼ぶ。腕組みしたままの幸村は「なぁに」と緩く笑みを浮かべた。

「上田の姫の行く末を案じておるのだよ」

のう六郎、と足を進める幸村に目を伏せた六郎が続く。アナスタシアは再度薫と佐助の姿を見た。手を握り合ったままの二人。一足も二足も早くやってきた春の嵐は、何をもたらすだろうか。

( 20120309 )

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