息も絶えだえに薫が舞台のある場所へと向かえば、そこには伊佐那海を抱えた佐助がいた。気を失っている彼女と佐助の頬の傷が気になるが、ともかく二人とも無事だったことにほっとする。しかし彼らの奥に倒れる黒衣に気付いた時、彼女は顔を強張らせた。反射的に才蔵へと近寄りその手を掴む。指先が冷たい。血の海に溺れる彼に薫は焦りを覚えた。応援を呼ぼうと辺りを見回し、遠くから種子島銃を担ぎ走って来る者の姿を認める。

「おおーい、大丈夫か………っ姫様!?」
「筧、筧早く!!」

以前から真田に仕えている筧十蔵へと薫は叫んでいた。先程から何の反応も示さない才蔵に死なないで、と祈るように口にする。十蔵は「ご無事で何より」と彼女に頭を下げてから倒れている男へ視線をやり大きく目を剥いた。

「うおっ血が出過ぎてるぞ、こりゃいかん!!
誰か………あっ、幸村様!!」
「、」

十蔵が無骨な手で才蔵を仰向けにさせ傷口を確かめる。止まることのない紅。彼が薫と同じように周囲を見渡すと、ちょうど幸村と六郎がこちらへ向かってくるところだった。十蔵の声に彼女も振り返る。刺客による拘束から逃れていた二人に薫は安堵の息を吐いた。

「おお筧、帰っておったか」
「幸村様、この者が重傷を…」

首をこきこきと動かす兄に続き六郎が様子を窺いに来る。相変わらず涼やかな表情。しかしそれは薫の姿を見た途端一変した。

「薫様、その脚は…!!」
「え、…あー…」

慌てる六郎に彼女はゆっくりと自身を見下ろす。衣装は木床に流れる才蔵の血を吸い、髪も乱れていた。気にしないように努めていた脚の怪我は皆の顔を見た安心感により俄に主張を始める。じくじくとした痛みに眉を顰めたくなるが、今の才蔵を前に弱音を吐いてはいられない。

「ううん、このぐらい平気───」
「これはまた酷い有様だのう」

しかし、彼女の矜恃をあっさりと流してしまうのが兄の幸村だった。後ろから軽々と薫を抱え上げ自らの腕に乗せる。身体が宙に浮いたことに彼女は面食らった。才蔵の手が力無く地面に落ちる。

「…っあ、兄上!?
ちょ…わ、私より、」
「大丈夫だ」

才蔵や民を、と薫が諌めようとするもすぐに遮られる。有無を言わせぬ口調。二の丸の死傷者に関してはここに来る前に幸村が既に手を打っていた。勿論初のことも。彼は困ったように眦を下げ、薫に向かって小さく笑んでみせた。

「だからそんなに泣くでない、薫」
「………え?」

幸村が踵を返す。六郎が後に続いた。屋敷への道すがら佐助が心配そうに薫を振り返る。兄からもたらされる規則正しい揺れを感じながら目元に触れた彼女は、自分がずっと涙を流していたことを漸く知った。



12



これで何度目だろうか。寝返りを打つ薫にアナスタシアは溜息を吐いた。今宵の見張り番として彼女は天井裏に陣取っているのだが、部屋の主が眠り姫と相成る気配はない。
恐らく、目を閉じると思い出してしまうのだろう。倒れる人々。鮮血。悲鳴と怒号。初。記憶は現実よりもおぞましさを増すものである。薫にとって恐怖でしかない今日の事件は、アナスタシアには屈辱的なものだった。二度も同じ相手に逃げられたことを思うと奥歯がぎりと鳴る。眼下でまた布団が動く。直後、ひたひたという足音が廊下に響いた。控えめなそれは薫の部屋の前で止まる。眠れずにいた彼女が襖を開けた。

「…伊佐那海、どうかした?」
「あ…ごめんね、あの…えっと」

立っていたのは夜着姿の伊佐那海だった。両腕に枕を抱えた彼女を薫は部屋へと通す。遠慮がちに足を踏み入れた伊佐那海の「一緒に寝てもいい?」という声がアナスタシアにも聞こえた。

「なんか…怖くて、寝れなくて…アナも一緒がよかったんだけど、見つからなくて」

彼女はいつも才蔵の寝床に忍び込んでいると聞いていたが、今日は負傷している彼を気遣ったのだろう。才蔵が怪我を負う場面を目の当たりにした伊佐那海。傷付いた者同士だが共にいれば少しは夢を見られる筈だ。しかしアナスタシアの予想を超え、伊佐那海を快く受け入れた薫は暫しの思案の後天井を見上げた。

「…とのことだけど、アナ」
「え?」

何故見張りが自分だとわかったのだろうかとアナスタシアは驚き目を瞠った。呼ばれてしまっては仕方ない、がこんと板を外し部屋へと降り立つ。伊佐那海が驚いたように天井を仰ぎ見た。

「アナ、そんなとこにいたの!?
一緒に寝よう!!」
「これでも任務中なんだけど」

アナスタシアは思わず渋面になった。日中の敵襲を思うと夜も油断は出来ない。誘いを退け見張りに戻ろうとする彼女に伊佐那海が三人で寝る方が温かいと食い下がる。狭いし暑いし冗談じゃない。それまで黙ってやりとりを見ていた薫だったが、ふと腫れた目を伏せてぽつり漏らした。

「…私はアナが一緒だと嬉しい」
「、」

反応が遅れたアナスタシアを伊佐那海が布団へと引き摺り込む。薫にそんなことを言われるのは初めてだった。結局、「狭い」「あったかい」「寧ろ暑い」と三者三様の意見を述べながら一組の布団に横になる。アナスタシアの半身は畳にはみ出ているし、真中にきゅうきゅうに挟まれた薫は寝返りを打てやしない。伊佐那海は早速寝息を立て始めた。ともかく任は完うしようと装束姿のままアナスタシアが身体を捩ると、片手に何か触れるものがあった。薫の温かくなりつつある手がアナスタシアの指を探り当てていた。 肉刺も傷もないするりとした肌が心地良い。

「…アナ、ありがとう」
「…」

おやすみ、と囁いた後薫も目を閉じた。彼女のもう一方の手と伊佐那海のそれは既に繋がれている。アナスタシアは今夜何度目かわからない溜息を吐いた。本当に困ったお嬢様達だ。しかし、彼女達は彼女達なりに藻掻き、考えているのかもしれない。前へ進むことを。自分に出来ることを。

( 20120301 )

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