もしも私が「400年前に生きていたひとと恋をしている」と言ったら、あなたは驚くだろうか。


「今年は流星群見れないんだって」という残念そうな声がふと耳に流れこんできた。文庫本から顔を上げる。余程集中して読んでいたのか、ぼやけて見える相手の輪郭に私は眉を顰めた。
「…りゅーせいぐん?」

加えて余程要領を得ない顔をしていたのか、相手が拗ねたように唇を尖らせる。「見たでしょーが、去年の卯月に」「あー…毎年見れるんだ」確か去年も流星群が発生すると教えられたのだった。日本語の勉強を兼ねてニュースを見ていた彼が突然、天変地異だ凶事の前触れだと慌て始めた様を思い出す。

順応性は高いが私に対する警戒心は暫く持ち続けていた。「流れ星は不吉なものじゃないよ、消える前に三回願い事を言えたら叶うんだって」と言い返したら、彼は知らない場所に置き去りにされた子どものような顔をしていた。

実際、間違ってはいない。佐助は一人きりで知らない場所、つまり彼が生きていた時代から400年程経ったこの世界にやって来た。


佐助と出会った日は休みだったことを覚えている。学校もバイトもなく昼前まで寝ようとしたところを迷彩柄の忍装束に叩き起こされたのだった。眼光は猛禽類のようで、それよりも鋭い刃は私の頚動脈を捉える。凍てつく殺気は肌に無数の小さな穴を開けようとした。

「ふ、ふふふ不法侵入者、」
「黙れ人攫い」

私の休日は不毛な押し問答によりいとも容易く潰れたのだった。

その後どうにか見解を擦り合わせ、恐らくタイムスリップに近い現象が発生したのだろうという結論に至った。何故私の家に降り立ったのかは定かではないが、面倒が減るからと一緒に暮らすことを提案した。今や世話を焼いているのは文明の利器を使いこなす佐助の方だ。そして去年の流星群には願い事を言わなかったのか、彼はここにもう一年以上もいる。


「ほら名前、明日は大学でしょ」
「わ、もうこんな時間」

文庫本に栞を挟みサイドボードに置くと、佐助が布団を剥いでベッドに潜りこんできた。ここに来た当初は頑なに忍は睡眠を必要としないと言い張っていたのに、敷布団を用意すれば当たり前のように被るし今では同衾だ。私も一緒に寝ることに対して抵抗はない。この一年で私たちは随分と変わったのだ。

狭いベッドに並んで横になれば、少し手を伸ばすだけで互いに届いてしまう。私の方を見ている佐助から目を逸らした。指に巻きつけられる伸びた髪。「…寝ないの」「んー?」尋ねると佐助はちょっかいを出しながらんふふと笑って目を細めた。

「だって眠たくないもん」
「あっそ、私はもう寝るから、」
「俺様さあ」

呆れて背を向けようとする私の動きを封じるようなはっきりした声が響いた。

「去年名前の話聞いた時、次の年も流星群が見れたら願い事言おうって決めてた」
「うん」
「でも今は見れなくてよかったかな、なんてちょっと思ってる」
「…うん」

私たちは随分と変わったのだ。歩み寄り、思い合うようになった。それでも、佐助は忍のままだ。21世紀を生きる私とは違う。佐助には帰る場所がある。でも肝心の帰る方法がわからないから、夜天に根拠もなく縋るしかない。

「なんで今年の流星群は見えないの?」
「んー、月が明る過ぎるから星の光が霞んじゃうんだって」
「…そうなんだ」

佐助の手が髪を撫でる。こうして安心感に包まれながら眠りに就くことはもう慣れた。「佐助も寝ようよ、明日は早いんでしょ」「はいはい」突然分厚い雲がやって来て星を覆い隠してしまえばいいのに。願い事を三回、口の中でゆっくりと転がす私は狡い。

掌が離れた。サイドボードのリモコンにより照明が常夜灯になる。僅かな明かりも視界に入らないよう私は固く目を閉じた。惑い星が見えなくなる。暗闇の中で、佐助のゆったりとした鼓動と低い体温だけが確かなものだった。

佐助の本当のこころは私には測れない。それに、何の前触れもなく400年前へと帰ってしまうかもしれないのだ。閉めたカーテンの向こうに見える天体に手を伸ばしているような心地だ。毎晩安寧と不安の間を揺蕩っている。目が覚めて佐助の姿を見る度に、私はいつも泣きたくなる。

それでも、もしかしたら一晩中私を見つめ続ける佐助の瞳に宿る星は本物であると、共に迎える明日を、私は願ってしまうのだ。


20130411/海辺より欠伸さまへ提出

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