この日をずっと待ち望んでいた。日付が変わってぴったりにメールしようかなと思っていたけれど、やっぱり直接伝えたい。朝練を終えて教室へと戻る後姿にすかさず声を掛ける。
「木吉先輩!!」
足を止め、ゆっくり背後を振り向く。目が合う。自分を呼び止めた相手を認識してから、木吉先輩が顔をくしゃくしゃにして笑う。
声を聞いただけで私だとそろそろ気付いてほしいようで、この瞬間が堪らない。勿論先輩の好きなところは、それだけじゃないのだけれど。
「おはよう、朝から元気だなあ」
「おはようございます先輩、あの!!あのですね!!」
お誕生日おめでとうございます。
先輩に真っ直ぐ届くように言葉を紡ぐ。はっきりと、心をこめて。好きな人が産まれてきてくれたことがこんなに幸せだと思わなかった。木吉先輩の目に私が映っていると考えると、嬉しくて胸がいっぱいになる。けれど。
眩しい笑顔がみるみるうちに消えていく。口を小さく開けて、でも呼吸は先輩の中で彷徨っている。色素の薄い瞳が剣呑として揺れる。
何かまずいことを言ってしまったのだろうか。心臓がざわざわと波立ち、ついさっきまでとは違う苦しさがせり上がる。木吉先輩がぽつりと呟いた。
「…そうだったな、忘れてた」

***

意味を理解してすぐ、驚きと笑いがこみ上げてきた。自分の誕生日を忘れるなんて木吉先輩らしいかもしれない。とにかく地雷を踏んだわけではなかったことに安堵した。肩を震わせる私に木吉先輩が手を伸ばす。頭を撫でる掌はとっても加減されていて、物足りないようでその優しさが擽ったい。よく覚えてたなあ、と先輩が感心したように言う。
「はい、日向主将が言ってたので!!」
「はは、そうか………え?」
日向主将から木吉先輩の誕生日を聞かされたのは少し前のことだった。先輩への思いをあからさまにしている私への、ほんの些細な労い。気付いていないんだか気付かない振りをしているんだか、木吉先輩は何をしても大樹のように靡かなかった。今の今までは。
また表情を失った先輩に、今度は期待してしまう。日向主将と私がそんな話をしていたことが気になるのだろうか。驚きを押し隠すように唇はぎゅっと引き結ばれていて、でも凛々しい眉根は形を変えていた。そんな、まさか、嫉妬とか。私が胸を高鳴らせる中、木吉先輩はゆっくり口を開き、そして、
「…日向、オレの誕生日知ってたのか!!」

20130610

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