何か、言いたいことあるみたいだね。隣から紡がれたメゾソプラノに、黄瀬は自らの喉がきゅうと細まる気がした。並んで歩く彼らの足取りは緩い。人影の疎らな大寒の通学路、彼女の自転車を押す黄瀬の両手に力が入る。
言いたいことなら沢山ある。泉のように湧き出て溢れ、ひとつひとつを上手く掬えない程に。それを見透かす彼女の瞳が真っ直ぐ黄瀬を向いていた。彼の先輩でありバスケ部のマネージャーは、周りの人間を実によく見ている。彼女の目は人間の内面まで映す魔法の鏡のようだった。
「ちゃんと言ってほしい、黄瀬の言葉で」
一緒に帰ろうと誘ったのは黄瀬の方だった。その時点で彼女は何かを察していた筈だと推し量る。彼女は聡く、それでいて揺るがない。バスケに対する強い覚悟だろうと、ほんの些細な悩みだろうと、受け止めた上で平然としているのだった。
感情に乏しい、何を考えているかわからないと密かに言われてもいる。ポーカーフェイスと評すればまだ何とか聞こえはいい。しかし黄瀬は彼女の性質をこう見ていた。安定。モデル業にバスケにと目まぐるしく、時折自分を見失いそうになる彼にとって、何物にも流されない彼女の隣は居心地がいい。そもそも例え黙っていたとしてもちょっとした変化を目敏く悟られてしまうため、何を言っても淡々としている彼女には全てをさらけ出せる。その雰囲気は中学時代における黄瀬の教育係に似ていたが、異なる箇所は恋愛感情の有無だった。いつしか黄瀬は、彼女に恋をしていた。長身の黄瀬を仰ぎ見るまなこ。「すき、」期待されていると、期待していいのだろうか。一人でに言葉が唇から零れていた。
「先輩のことが好き、…付き合ってほしいっス」
いつの間にか腰を折って彼女に顔を近付けていた。肌理細かい頬はぴくりとも動かない。それどころか、黄瀬の目に映る彼女は表情ひとつ変えていなかった。彼女の目には眉を歪め苦しそうな顔をした黄瀬が映っているというのに。しかし、それでもいいと思っていた。彼女の鏡にかかれば、彼はエースでもモデルでもないただの男になれる。そしてそんな黄瀬に彼女が惹かれていることを、黄瀬自身はまだ知らない。
「ん、了解」
たっぷり時間を取った後で、彼女が口を開いた。その面差しはどこか、笑っているようでもあった。

20130126

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