「起きた? おはよう」


笑ったのは、たいせつなひと。
きっと、彼女はわかっていないだろう。想いを伝え、愛を育むようになっても、どれだけ恋焦がれているか。
俺は未だに、恋を繰り返している。それが滑稽でもなんでも構わない。




◇◇◇




「―おはよう」


起き抜けにゲームをする彼女の、真っ白な肌に、思わず頬が緩みそうになった。
眩しさから、いつのまにか開いていたカーテンを引くと、「暗いよ」となまえが文句を言う。画面に反射しない方が見やすいやろ、と言えば、「そっか」と返ってきた。
そうして白石が笑いかけると、途端にコントローラーの操作ミスが目立つ。

わかりにくいけれど、わかりやすく、照れている。



「眠くないんか」
「んん。昨日寝たの早かったもん」
「へえ?」


納得はできずに、返事をする。画面を見るたびに眉を寄せているところから見ると、今のは嘘だ。
ぼんやりとした頭でそう思いながら、身体を起こす。
毛布が肩から滑り落ちて、ベッドの端から半分程垂れ下がっている。直さずに、壁際に寄りかかった。



相変わらずやなあ。

彼女がこうして人の部屋にゲームをしにくるのも、何十回目だろうか。いや、何百回かもしれん、と白石は思い直す。
幼馴染だからと言って、母も軽すぎる。けれど、昔からの癖を直そうとしても無駄だろう。彼はいつからか文句を言わなくなった。



ふと目をやると、なまえのきれいな鎖骨が、緩めのワンピースの首元から覗いているのを見て、眉を寄せる。
なにか言おうと開いた唇は、彼女の溜息によって閉ざされてしまった。


「なんや、溜息なんかついて」
「……そのさあ、パンイチ、っていうの? いい加減やめなよ」
「健康的でええと思うんやけど」
「いや、風邪ひくでしょ」



画面から目を離さず、なまえがそう言う。布団からはみ出た肩先や腕がぬるい。
風邪をひく、などと言いつつもこの時期になると、自分が起きる前に暖房をつけてくれているのを、彼は知っている。




「何でそんな、じっと見てるわけ」
「―なんとなく」


画面をポーズにしたかと思えば、コントローラーを投げ出して、なまえが白石に問うた。
さらさらとした頬は、見られたことへの羞恥からか少し朱色に染まっている。

かわいいと素直に告げたらその頬をとんと赤くして、この部屋から逃げてしまうだろうから、クローゼットの取っ手にかかったシャツを黙って着込む。
次いで適当なズボンを着ていると、なまえは不思議そうに白石を見つめた。


「着替えるの?」
「なまえは着替えないでほしいん?」
「ば、ばかっ」




意地の悪い笑みを浮かべたのが気に障ったのか、ゲームに向き直ってコントローラーを握るなまえ。

こんなん、我慢する方がおかしいやろ。
そう自分に言い聞かせ、後ろから思いっきり抱え込む。拍子に、カラフルな電源コードが引っ張られて、びび、と変な音がした。
「あああ、」とか「ちょっと!」とか、悲痛そうになまえが叫ぶのを、聞こえないふりですませる。

感情のまま、耳元にキスをする。なまえはなんとなく白石の行動の意味がわかったのか、小さく呻いて、身動ぎをしている。
かわいい。口角が上がるのがわかった。




「なまえ」
「み、耳元で喋らないで」
「嫌や、喋る」



ふるりと震えた肩。小さな声で、ばか、とまた罵倒される。
電源が落ちてしまったテレビ画面に、潤んだ瞳を両手で隠そうとするなまえが映っていた。
細い腰を抱きながら赤くなった耳を甘噛みし、耳朶に唇を押しつけてみる。


「名前よぶのも、やめて…」

なまえのからだはひどく柔らかくて、甘い匂いがする。




「キスしてもええ?」
「……やだ。絶対いや」
「絶対て……めっちゃしたいんやけど」
「―欲求不満!」



キスでそこまで言われるか。

無理矢理こっちを向かせると、真っ赤になった頬を撫でて、一度だけキスをする。ちゅ、と軽い音が鳴った瞬間、なまえは俯いた。
白石は目を細め、後頭部にゆっくりと手を回す。え、と呟いた彼女の言葉は、最後まで形にならなかった。


「ん、う……っ」



触れるだけのキスをしてから、舌を咥内に侵入させる。
上顎を舌先で撫でると、反射的に、なまえの手が白石の肩を押した。鼻先から抜けた彼女の甘い声は、意図せぬかたちで彼を誘う。

小さな子を抱っこするように、なまえを膝の上に乗せてみると、びくりと震えた太腿が白石の脚を挟んだ。白く柔らかい肉がうねる。
ワンピースなんて着てくるからや、あほ。

静かにくちびるを離す。暖房が暑いと感じられるくらい、疼いていた。




「……キスって、言ったのに」
「これも立派なキスやけどなぁ」
「ふつうのだと思ったの!」
「恋人同士なら普通のことやで?」


紅潮した頬を小さく膨らませながら、なまえが文句を言う。その指先は、白石のシャツを掴んで離さない。
もう、逃げられない。逃げようとも思わない。


「蔵ノ介、」
「ん?」


俯いてしまった彼女に、やりすぎたかと苦笑いして優しく言葉を返した。
階段の下のほうから、「なまえちゃーん、朝ごはん!」と姉の声がする。……タイミング悪いな、わかっててやってんちゃうか。うん、絶対そうや。ええ雰囲気のとこで、ことごとく邪魔されてきた。

なまえは肩を跳ねさせ、はあい!とドアに向かって返事をする。それでも、手とシャツの距離を広げることはなかった。

頬に指を滑らせて、ことばの続きを云わせようと視線を合わせる。あやすように背中を撫でれば、さっきまで触れていた唇が小さく開いた。




「――もう一回、して」


だから彼は、何度でも恋をする。




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120309



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