膝の上に置いた雑誌に目を落とす。広々とした部屋の空調は丁度良く、寒さなど感じなかった。 窓の外ではしんしんと雪が降り続けている。イギリスで過ごした幼い頃は、純白のそれに目を輝かせていたものだ。ふん、と鼻先で笑って、視線の端で動く彼女に視線を向けた。
同じように本を読んでいたなまえは、暇になったのか、部屋の中を物色している。 と言っても、此処には大した物を置いていない。それに気付いたのか、椅子に座って脚をぶらつかせていた。 初めて部屋に連れてきたときの緊張が嘘のようだ。込み上げた笑いを喉奥で漏らす。
「…どうしたんですか?」 「いや。何でもねぇ」
きょとんとした顔で見つめられ、首を振る。なまえは未だ不思議そうな様子だったが、俺がまた雑誌を読みはじめると、また脚をぶらつかせた。
◇◇◇
腕時計に視線をやる。金色の長針は22時を指したところだった。 大して遅くはない時間とは言え、そろそろベッドへ入らないといけないだろう。 最後まで読み切れていない雑誌を閉じた。眉間に手を当て、すこしだけ揉み解す。
「…読み、終わったんですか?」 「いや…」
短くそう返しながら、そういえば随分静かだったなと、なまえに目を向ける。 ――椅子に座っている彼女の頬が、赤い。瞳も潤んでいて、焦点が合っていなかった。眠いのかと思ったが、それにしては様子がおかしい。 解したばかりだと言うのに、眉がきゅっと寄った気がした。
「……なまえ」 「跡部さん…?」 「よく顔を見せてみろ」 「…はぁい」
呂律の回らない彼女の言葉を聞きながら、その首と膝裏を支え、椅子からソファへと移動させる。 雑誌を投げ置いて隣に座り、その頬に触るとひどく熱い。とろんとした瞳は辛うじて俺を映していた。
「どうした?」 「んー……えっと、ふにゃふにゃするんです」
身振り手振りで伝えようとするなまえの舌が、赤い。 ふわりと鼻腔をくすぐったのは、カカオの甘く上品な匂いと、微かなブランデーの香り。
(……まさか、)
サイドテーブルに乗せられたグラスを見れば、その予想は的中していた。
「あそこに置いたカクテル、飲みやがったな…」 「…かくてる?」 「チッ…一杯でこれか」
グラスには淡い茶褐色の液体が少しだけ残っている。 溜息をつきたくなる気持ちを抑え、ソファに座った。
「熱い…」 「だろうな。度数は22…、」 「冷たくて気持ちいいです」
なまえは身体を支えるのも怠いようで、くったりと俺に凭れかかってくる。おい、と呟くより先に、低い体温が心地好いのか胸元に擦り寄ってきた。
普段ならば彼女は、絶対にこんなことはしないだろう。 無意識の行為だからか、背筋がぞくりと粟立った気がした。
馬鹿か、こいつは。 いや、酔っ払いに欲情している俺の方がよっぽどだ。
「…もう寝ろ」 「や、です」 「酔っ払いの世話はしねぇ」 「わたし、酔ってないです」 「酔ってる奴ほどそう言いやがる…厄介だな」
溜息と一緒に吐き捨てれば、なまえが背中に手を回した。 薄いシャツから伝わる熱さや身体の細さに、柄にもなく心臓が鳴る。可愛いと思ってしまったなんて、屈辱的だ。 ぎゅう、と抱きついてくる彼女の鼓動は一定のリズムを刻んでいる。…俺一人で舞い上がっていても仕方がない。 そう思い、力強く引っぺがした。
「……あ、とべ、さん」 「俺様がベッドに運んでやるから、じっとしてろ」 「嫌いになっちゃったんですか」 「…あ?」
不意を突かれ、雑な口調で聞き返す。 眉を寄せて不機嫌そうな顔をしたかと思えば、なまえの瞳がさっき以上に潤み、涙が溜まった。
「おい、」 「よっぱらいは面倒ですか…?」 「…話を聞け、別に俺は」 「わたし、きらわれるの、やです」
ちゅ、と音をたてて、なまえの唇が俺の唇にぶつかった。 息の仕方もわからないようで、離れてはまた口づけてくる、不器用なキス。 交わす度に彼女の涙は零れ落ち、俺の手やシャツを濡らす。
「…バーカ」
ああ、本当に厄介だ。厄介にも程がある。 文句を言いたくても、柔らかく熱い唇が邪魔をする。
どくどくと煩い心臓に舌打ちをして、なまえの後頭部に手をやり、その咥内に舌を差し入れた。
Alexander
120125 ツイッターのお友達に捧げました! タイトルはカクテルの名前です
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