目的地へと着いた新幹線。
ちょうどいい暖かさを保っていたそこからのそのそと出て、肌寒さに肩を震わせる。決して大阪が寒いわけじゃない。新幹線の中が、暖かすぎたのだ。 そう思いつつコートの袖を引っ張って、鞄の紐を持ち上げる。 着くまで眠っていたせいか、指先は熱いぐらいだ。
「(千歳はまだ、熊本かな)」
携帯の画面に表示された時間と、日付を見ながら考える。 吐き出した息は、暗がりにいるせいで鈍い銀色に見えた。千歳のピアスの色と、おんなじだ。
車輪の音がするキャリーを引き摺りながら人混みを避け、プラットホームの端に寄る。 瞳を緩くつむり、瞼を揉みほぐして歩きはじめようとした、そのときだった。
「なまえ」 「、千歳?」
聞き慣れた低い声が背中のほうから響いて、息がきゅっとつまる。 鼓動が高鳴ったのを誤魔化すように、小さく溜息をついてから、ゆっくり振り向いた。
「熊本にいたんじゃなかったの?」 「きのう、帰ってきたと。なまえのお迎えばい」 「…寒いの苦手なくせに」 「苦手じゃなか」
首を振る様子をじっと見つめていると、自然な動作でキャリーの取っ手を持たれた。 こういうところが好きだなぁ。緩んでしまう頬に、千歳も笑う。
かろんかろんと鳴る、下駄の心地好い音色を耳で確かめながら、改札を抜けた。
「…誕生日」 「え?」 「なまえからは、メールも電話もなかねぇ」
問い詰めるためのそれではなく、軽い調子の言葉に、苦笑が漏れた。
31日は忙しかった、と簡潔に告げると、余った片手を引かれる。 どこにいたのか、その手はひどく冷えていた。体温の高い千歳にしては珍しいことだ。
ごめんと言う気持ちをこめて、冷たさを融かすようにぎゅっと握った。
「遅くなったけど、誕生日おめでとうございます」 「はは、ありがとうございます。嬉しか」
千歳に向かって頭を下げれば、その頭をくしゃくしゃと撫で回される。
「おかえり、なまえ」
ただいま、という言葉は千歳のつめたい唇のせいで、云えなかった。
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120107 遅ればせながら。千歳誕生日おめでとう!
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