「千歳」 「……ん」 「……寝てるの?」 くう、と喉を鳴らしたように千歳が云った。 あ、かわいい。素直に呟きそうになるのを、すんでのところで止める。 千歳は少し目を離すと、すぐに布団に潜り込む。 やっぱり猫化してるせいだろうかとも思ったけれど、猫になろうがなってなかろうが、昼寝の大好きな奴だった。 休日とは言っても既に昼間なんだから、寝てばっかりなのはよくない。 そう文句を言おうとしても、柔らかそうな耳が時折ぴくぴくと動いてるのを目撃してしまうと、頬も緩んでしまうもので。 「あ」 なんとなく近くに寄って様子を見ていれば、思わぬことに気付いた。「ちょっと、ち、千歳」と、笑いを堪えきれずに背中を揺する。 千歳は聞き取れないぐらいの声で寝言を言って、わたしの手を握った。寝ていたせいか、その手は熱い。硬い指先はごつごつしている。不覚にもどきりと胸が高鳴った。 ……でも、でも。 「ねえ、ベロ出てるよ。しまい忘れたの?」 薄い唇から、健康的なピンク色をした舌がべろんと出ている。 猫って舌をしまい忘れたりするんだろうか。飼ったこともなければ、寝ているところを見たことがないから、わからない。 それにしても、寝ぼけた様子の千歳がおかしくてしょうがない。それなりにきれいな顔立ちをしているのに、舌が出ている。ちぐはぐなそれを見れば見るほど、笑えてくるのだ。 思わず肩を震わせると、揺れが伝わったのか、ぱちりと瞳を開けた。あ、起きちゃった。 「名前」 「起こしてごめんね、ふふ」 「……なん、笑っとーと」 「いや、だってベロが出てたんだもん」 「べろ?」 寝起きの千歳は掠れた低い声をしているけれど、呂律が回っていない。余計におかしくて、笑い転げそうになった。どうしよう、可愛い。可愛すぎる。 千歳はわたしの手を掴んだまま、布団からのそのそと抜け出した。 次いで、眉をぎゅっと寄せたかと思えば、繋いだ手を引き寄せられる。 ぎゃっと声をあげたら、「色気ば出す練習でもしたらどうね」と頭を撫でられた。よ、余計なお世話だ! 「噛んでよか?」 「へ?」 何を、と首を傾げようとした途端、視界が暗くなる。 噛み付かれている、と気付いたのは、唇に痛みを感じてからだった。 「……いっ、いきなり何!? 痛いよ!」 あまり強く抱き寄せられていなかったせいか、ばっと離れることができた。文句をぶつける唇は、じんじんと響くように痛む。 猫化しているせいもあってか、今の千歳は歯が鋭い。血が出るほどじゃなかったのが幸いだ。 唇を両の手で押さえて千歳を睨みつけると、本人は全く気にしていないのか、へらりと笑いかけてくる。何こいつ、意味わかんない。 「たぶん発情期」 「は……、」 「名前が発情しとったけん、つられたばい」 「するわけないでしょ!」 敷き布団の上に胡坐をかいて、しれっとそう話す千歳に思いきり枕を投げつける。 発情期って、ばかじゃないの。顔中に熱が集まるのがわかった。噛まれた唇がひりつく。 「したい」 「な、何をっ」 「――気持ちいいこと」 言葉を失っていると、千歳が距離を詰める。見上げた彼の表情はたしかに笑っているけれど、普段のそれとは違う。すべてを喰らいつくそうとする、獣のような顔だ。 鎖骨のあたりで、千歳の息遣いを感じて、瞼をぎゅっと閉じる。 千歳の"やりかた"を思い出すと、ぞくぞくと背筋が粟立った。 やめてと懇願しても、泣き喘いでも、もっともっとと言うように甚振る。 てのひらが、太腿の内側を這った。 * 「千歳きらい……」 「……悪かこつばしたとは思っとるよ?」 「歯が刺さるの!痛いの!肩とか見てよ、ほら」 「―あ、もっかいしたい」 「はぁ!?」 にゃんにゃん 120308 ×
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