「…なんとかなる!」
「ばってん、俺は不安ばい…」



眉を寄せてちいさく呟いた彼に、こちらも眉を寄せながら無理矢理に帽子を被せる。
ぐいぐいと力を込めて頭を押すと、ソファに座っている千歳が「ぐあ」とへんな声で鳴いた。なんだろう今の声。つられて下を向けば、心なしか不機嫌そうにしている尻尾に目がいった。…聞こえなかったことにしよう。

猫耳はこれで隠れたとして。さて、尻尾をどうしようか。



「それ、パンツに入らないの?」
「入らん。…下着、とかオブラートに包んだらどぎゃんね」
「う、うるさいなぁ」



その言葉、千歳だけには言われたくない。突っ撥ねると、くつくつと喉奥で笑う声がする。
悔しくなって尻尾をぎゅうと強く掴んでやると、途端に、千歳の肩がびくりと震えた。も、もしかして尻尾が弱いのかな。

思わぬ弱点にどきどきしながら口角を上げれば、千歳は意外にも、目尻を緩めてにっこりと笑った。





「尻尾、名前に入れてもよか?」
「すみませんでした!」





◇◇◇





昨日買い物に行ったはいいが、お米を買うのを忘れてしまった。
一人分なら買ったあとに自分で持ち帰ることができるのだけれど、千歳がいる。しかもこの男、白米の消費が途方もない量なのだ。一体どこに入るんだろう…パンツか。あ、下着って言うんだった。



「持ってくれてありがとね」
「んー」
「…聞いてる?」
「んん」



完全に聞いてない。もういいや、と視線を反らす。
結局尻尾はどうにか仕舞いこんで(パ…下着は嫌だと言うからズボンの中に)、なんとかなった。猫耳も帽子で見えないし、これでちょっと出かけるときは大丈夫だろう。



「うーん…夜ご飯、何にしよう」
「馬刺し」
「まだ言うか」



即答した千歳に苦笑いを零しつつ、帰路までを歩く。
さっきまでお米の袋をぶらぶらと揺らしていたから、流石に止めた。物の扱いが雑すぎる!






「…ねえ、さっきからどこ見てるの」


きょろきょろと辺りを見回し、なにかを見つけては立ち止まる千歳に問いかける。
…そう言えば、猫や犬って変なものが見えるとか言うよね。どき、と胸が鳴った。これは聞かない方が良かったかもしれない。
千歳の方を見ずに、なるべく早足で歩いた。千歳の下駄がカラコロと軽快な音をたてている。






「猫」
「………ねこ?」
「何匹かついてきよる」
「え…」



ぽつりと呟いた千歳の顔を見つめ、次いで振り返る。白猫が二匹と、茶色の猫が一匹。
目が合った瞬間に茶色の猫はびくっと立ち竦み、「あ」と声を漏らしたら、逃げてしまった。



「なんで猫が…」
「匂いば辿ってんのかねえ」
「…千歳の?」
「たぶん」


半信半疑で猫に視線を向ければ、たしかに彼の歩いた道の匂いを嗅いでいるように見える。千歳が猫化してるし、そうでなくても猫に好かれる奴だから、ついてきたりするんだろうか。
そう思いつつ、そろそろと静かに歩く二匹を観察する。体が小さいし、子猫かな。


千歳はすこしだけ猫に近寄ると、その場にしゃがみこんだ。すると、猫たちはにゃあと鳴いて、近寄ってくる。おおお…!フェロモンってやつだろうか。すごいな。
わたしも同じように、千歳の近くに座った。二匹は一瞬びくっと足を揺らしたものの、何事もなかったかのように千歳にじゃれつき始める。



「むぞかー」
「二匹とも女の子かな?」
「こっちはメスったい。あっちはオス」


千歳の指先を甘噛みする方がメスらしい。ふうん、と返事を返して、とりあえずオスの猫に手をゆっくり差し出してみた。猫は、指とわたしの顔を見つめたかと思えば、「にゃ」と鳴く。



「(か かわいいいい…)」
「…なんニヤニヤしとっと」
「すごい可愛いもん……にゃ、だって!」
「にゃ」
「いや千歳はかわいくない」
「なんね、名前は愛がなか」


ぷく、と大人げなく頬を膨らませる千歳。…もしかして、子猫に嫉妬したのかこいつ。普段嫉妬しないくせに。むしろ人相手に嫉妬しないのが不思議だ。
さっき以上ににやけた頬を隠そうとオス猫を抱き上げて(ちょっと嫌がられた)、千歳の方に向ける。





「ち 千歳はかっこいいにゃー」
「……、」
「………って猫が言ってる…」



丸くなった千歳の目を盗み見て、顔がかっと熱くなった。なにいってんだわたし。




「…名前、むぞらしかぁ!」
「わーっ!?ね、猫がつぶれる!」
「ウニャア!」




とばっちりにゃ!
(しろ♂ の つぶやき)


120204


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