小鳥遊さん







跡部様には彼女がいるらしい。


彼がそれを伝えたことによって、悲しむ女の子はこの学校にどのくらいいるだろうか。殆どがそうだろう。私もそうだ。…そう、なのだけれど。
確かに昨日、跡部様からはっきり告げられたときは、ショックで仕方なかった。泣きそうにもなったし、彼の隣にいたあの子を恨んでしまったのも事実だ。



「(……でも、)」


どうしても、あの子が彼女だとは思えない。
可愛くないだとか、綺麗じゃないからとか、そういう理由ではないのだけれど、どこか引っかかる。

彼女は随分混乱していたみたいだし――、何より、私が頼んだ告白を素直に伝えようとするかしら。
私が泣きそうになるのを見て、同じように(…いや、それ以上に)泣きそうな顔をするかしら。





◇◇◇




告白を断られてから一週間、跡部様の様子を観察してみた。
恋焦がれていた頃にも目で追っていたはずなのだけれど、状況が違うと、彼の姿も違って見える。


まず、この一週間、彼は休み時間に生徒会の仕事を終わらせていた。普段だったら、生徒会の仕事は昼休みにやっていたはず。
そして肝心の昼休みは、ピアノを弾いている。普段彼が弾くのは上級者向けのものだ。

その日弾いていたのは初心者向けの、それも低音部。
音楽室から出てきた跡部様に、何故いつものような曲を弾かないのかと誰かが尋ねれば、彼は「息抜きだ」と返していた。







「なんや跡部、浮かれてへんか」
「は…?そうか?わかんねーけど」



忍足君が呟いたのが聞こえる。浮かれている?彼が?向日君と同じように、私にもわからなかった。
表情はいつもと同じ。歩き方も、声だってそう。浮かれている様子は全く見られない。




「なあ、今日何かあるん?」
「…お前には関係ねぇだろ、忍足」
「そうやけど、そないにルンルンされると気になるのが普通やで」
「侑士きめーって…」




ルンルンって、と呟いて向日君が顔を顰めた。
跡部様が一度だけ溜息をつき、食堂のメニューを静かに畳む。彼と一瞬目が合ったような気がして、すぐに視線をそらす。
そのまま食堂のカレンダーに目をやって、私はやっと気付いた。今日は、あの日から一週間後。
つまり、跡部様が通っているピアノ教室でレッスンが行われる日だ。




「……放課後…ピアノの練習があるだけだ。それと、俺は別に浮かれてねぇ」
「ふうん、そうなんか」
「ピアノだってよ。勘違いじゃん」
「んー…跡部、最近昼休みに連弾の練習してへん?」




業とらしく指先を空中に彷徨わせて、忍足君が問いかけた。
連弾。そうか、あれは連弾の練習だったのね。納得して頷き、湯気の少なくなってきた紅茶を一口飲む。




「それがどうした」
「いや、ペアの子でも居てるんかなって」
「…」
「居るんや」




言葉に詰まった彼に追い打ちをかけるように、きっぱりと断定する忍足君、驚いた顔で二人を眺める向日君。
…これ以上は盗み聞きにも程があるでしょう。

自分に言い聞かせて、まだ少し残った紅茶のカップをトレイに乗せ、席を立った。





「せや、ピアノ関係のDVDとか貸してあげたらええんちゃう…でっ」
「うっわ痛そ」


後ろの方で、ぱこん、と軽い音がする。笑いそうになってしまうのを堪えながら、トレイを所定の場所に置いた。






跡部様はピアノ教室にいたあの子に、恋をしているんだろう。彼女だなんてきっとウソだ。
いえ、勝手に恋心だ嘘だと決めつけるのはいけないけれど。少なくとも彼は、あの子のことが気になってるはず。

なにより、言葉に詰まる跡部様なんて、初めて見た。



あの子にも話を聞いてみよう。一週間前は大変な態度で接してしまったし、今度は失礼にならないように気をつけなければ。話す場所はどこがいいかしら。
ああ、今日にでも話したい。彼女のきれいな瞳が見ている跡部様を、知りたい。


仮にも彼にフられて、その理由があの子だと言うのに、私の心は弾んでいる。
緩みきった頬は誰にも見せられない。



まるであの二人に、恋をしているみたいだ。






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