断ってこい








はじめての連弾、と思いきや、今日はまだ合わせないらしい。
楽譜を見たり先生の演奏を聴きながら、曲の雰囲気や弾き方、流れを学ぶのだ。それも練習に入るらしい。

よかった。連弾を練習だなんて言われていたから、もう合わせるのかと思った。
いや、本当だったら早いうちに慣れた方がいいのかもしれないけれど、わたしにはハードルが高すぎる。


バレないようにほっと胸を撫で下ろして、先生が弾くピアノの音色に耳を傾けた。今は高音部、つまりプリモであるわたしが弾かなければならない部分を弾いている。

曲自体はそう難しいものではない。
ただ、跡部くんと息を合わせて弾けるかどうか。…不安だなぁ。





◇◇◇






レッスンは無事に終わり、二人で廊下に出る。と言うか、わたしが跡部くんの後ろをついていっている状態だ。
別に一緒に帰りたいわけじゃないのだけれど、ロビーまでの道は同じ。あとはリムジンで帰るか、バスかの違い。

廊下にまで豪華な装飾が施されたランプが並んでいて、わたしと跡部くんの足元を照らしていた。
兎に角はやく出口までいって、帰りたい。こんなにかっこいい人と、何を話せばいいんだろう。




「……あ、跡部くんは、どうしてわたしを…プリモに選んだの?」




端整な横顔をじっと見つめることができず、俯きながら聞いてみる。

プリモはどちらかというと跡部くんのような、…自己主張が激しいというか、はっきりした意見の言えるひとが向いていると思う。

だから、不思議なのだ。見るからに内気なわたしを、何故プリモに選んだのか。…まあ、案外適当に決めてたりするのかもしれない。




「…初日にお前の演奏を聞いたが、音に鮮やかな色味がついてたからな」
「へっ?」
「プリモは華やかな音を出せる奴がやるべきだ」
「…えっと、あの……あ、ありがとう…」
「別に褒めてねぇ」




思わぬ言葉に、熱が顔中に集まった気がした。え、演奏、褒められた…!
鞄を抱きかかえながら、顔をもっと下に向けて、顔が赤いのを隠す。跡部くんは、声も言葉もかっこいいからずるい。


先を歩く跡部くんは「ふん」と鼻で笑い、それから急に立ち止まった。





「、わっ!」
「鈍臭ぇな、お前は」
「……跡部くんが急に止まるから…」



はっきりと文句は言えずに小さな声でそう呟き、彼の背中にぶつかった鼻を擦る。思いっきりぶつかってしまったせいか、ひりひりと痛い。

そのまま歩こうとしない跡部くんを不思議に思って、前方を覗き込む。
相変わらず綺麗なシャンデリアに、赤の絨毯が引かれたロビー。ここを抜ければ、もう帰るだけなんだけど…。



「チッ……面倒なメス猫だな」
「(め、めすねこ…?)」
「おい、名字」
「! な、なんですか…」
「アイツを追っ払え」
「……え?」



跡部くんが指差した先には、クリーム色のブレザーと可愛いプリーツスカートに身を包んだ女の人がいた。

追っ払え、って、あの人を?



「ななな、なんでわたしがっ」
「いいから早く行け」



ぐい、と背中を押されて、前のめりになる。さっきぶつけた鼻は痛いし、跡部くんは怖すぎるし。
嫌だと思っても後ろからの視線に逆らえず、ゆっくりとその人に歩み寄る。






「…なにか?」
「え、えっと、急にごめんなさい。跡部くんが…その、用があるのか、って」
「…私、跡部様に告白しようと思ってるの」
「こっ…!…告白、ですか」
「――そうだ。貴女、伝えてくれない?」



長い睫毛で縁取られた大きな瞳が、わたしを静かに睨んだ。わあ、跡部くんモテるんだなー…それよりも、この状況で追っ払えなんて無茶すぎる!
わかりました、と頭を下げて、急いで跡部くんのところまで走る。
跡部くんは、わたしが戻ってきたのを見ると嫌そうに眉を寄せた。こ、この鬼畜…!



「す、好きらしいです」
「……アーン?どういうことだ」
「あの女の人が、跡部くんを、」
「断ってこい」
「…えええええ!む、無理、絶対無理だよ…!」



真顔でそう言い放つ跡部くんに、ぶんぶんと首を振る。なに言ってるんだ跡部くんは。
そう思った束の間、首根っこを掴まれて無理矢理に女の人の方向を向かせられる。ひどい、鬼すぎる!
そのままずるずると引っ張られ、抵抗する気力もない。
跡部くんはその人の目の前に立ち、わたしの背中をばん、と叩いた。




「跡部様、その人は…」
「彼女だ」
「…かの……ち、違ぐええ」
「黙れ。…まあそういうことだ。お前とは付き合えねぇ」



背中を叩いた手で唇を押さえ込まれる。くっ、くるしい、しぬ。
女の人はわたしよりも泣きそうな顔をして、ガラスで作られたドアを思いきり押し、走り去っていってしまった。




「あ、跡部くん…!!」
「結局俺様が断ってんじゃねーか」



どうしよう、どうしよう、どうしよう。跡部くんの彼女(違うけど!)なんて学校中にバレたら、大変なことになる。でも、同じ学校じゃないし大丈夫だよね…?うう、それよりあの女の人、絶対傷つけちゃったな…。

泣きそうになるのを堪えながら彼を見上げると、溜息をつかれた。つきたいのはこっちの方だ。



120109



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