選べ









次のレッスンは跡部くんと連弾を練習します。
なんて、先生の言葉が心に圧しかかってくる。




「…はあぁ……」





誰かと一緒にいるだけで緊張するのに、よりによって『連弾』。
間違えたら演奏者に迷惑がかかるというプレッシャーと、あの近さがだめだ。



しかも、跡部さんは随分高圧的なひとみたいだし。


先生に聞けば、お金持ちの一人息子で、あの氷帝学園に通ってるんだとか。
同い年というのには驚いたけど、氷帝学園に通っているなら頷ける。友達によると、あそこはかっこいい人が多いらしい。


都内で一番高級な私立学校に通う跡部さんと、公立に通うわたし。
連弾なんて、上手くいかないに決まってる。







「(うう…また、泣きそう)」



この三ヶ月、どう接していけばいいんだろう。
鞄に入れた楽譜が重く感じて、はあ、と溜息をついた。









***






「あっ…」
「…人の顔見て、その反応か?」
「ご、ごめんなさい…跡部さん、こんにちは」




跡部さんは、この前のレッスンで遅刻したのを気にしていたのか、十分前にはもう教室の中にいた。
『こんにちは』か『こんばんは』で悩んだけれど、とりあえずまだ外が暗くなっていないからそう告げる。

先生、まだ来てないのかな。跡部さんと二人きりは、緊張する。





「さん、は要らねぇ。同い年だろ」
「あ、そ、そうですか…?それじゃあ、跡部くん…で」
「敬語もだ」
「……う、うん」




ああ、と跡部さん…じゃなかった、跡部くんは頷いて、テーブルの上の楽譜に視線を移す。
鞄を持ちながら、できるだけ遠くの席に座る。
椅子の音がしんとした教室に響いて、どきっとした。






「名字さん、跡部くん、こんにちは。二人とも早いですね」



先生がドアを開けて、にっこりと微笑みかける。
慌てて立ち上がり、頭を下げた。
よ、よかった…このまま沈黙が続いたらどうしようかと思っていたところだった。




「セコンドかプリモ、決めましたか?」



セコンド、というのは連弾で基本的に低音部を担当する奏者。
逆に、プリモは高音部を受け持つ奏者のこと。

ど、どっちにすればいいのかな…。



「えっと…、」
「お前がプリモをやれ」
「はっ…はい!」



跡部くんの方をちらりと見れば、しっかりと目を合わせられ、そう断言された。
何度も頷いて了承したけれど、正直プリモは苦手だ。



大会のために一度だけ組んだ連弾は、セコンド役の男の子が先走ってしまい、プリモであるわたしの主旋律が乱れることが何度かあった。
そのたびに、自己主張が上手くできないわたしのせいにされて、悔しい思いをしたのだ。
わたしがもう少し上手く弾ければ。セコンドに左右されなければ。
思い出したら悲しくなって、俯く。


跡部くんも、どんどん弾いていっちゃいそうだしなぁ…唯我独尊、って感じがする。






「それでは、曲を選びましょうか。名字さん、跡部くんの隣にどうぞ」
「と、隣ですか…!?」



いや、距離の近さはわたしが我慢すればいい問題だけれど、跡部くんは嫌じゃないんだろうか。
こんなわたしと、隣の席なんて。



戸惑っていると、がたりと隣の椅子が動く。
見上げれば、そこには不機嫌そうな跡部くんがいた。



「ったく…いちいち遅ぇな」
「わ、あの、ごめんなさい…すみません」



謝ってばかりな気がする。でも、さっきのも今のもわたしが悪い。
何でこんなに行動が遅いんだろう…喋るのも下手だし…。




「…跡部くんは…曲、何がいい?」
「お前が選べ」
「えっ!…で、でも」
「何でもいい」



おずおずと話しかけると、連弾用の楽譜集をずい、と向けられた。
この中から選べってことなのかな。




「うーん…と、それじゃ、カノン」
「初心者向けだな…まあいい」
「あ…じゃあ、Jockey Polka…とか」





ひとつひとつ指を差す。
と、跡部くんはわたしの手首をがしりと掴んで、逆の空いた手でとん、と楽譜を叩いた。




「選べ、と言ったんだが…わからなかったか?」
「っ……え、えっと」
「俺の言葉に左右されてんじゃねぇ。お前が弾きたい曲を選べ」





心臓が爆発しそうなくらい、どきどきする。
どきどきと言っても変な意味じゃない。ただ、嬉しかった。
わたしが、自分で選んでいいんだ。


跡部くんの双眸は力強くて、瞳が潤んでしまいそうになる。








「ガヴォットが、いい、です…!」







その目に負けぬよう、精一杯彼を見つめ返す。
唇は震えて、結局どもってしまったけれど。

跡部くんが手を離して、ふん、と笑った。



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