いちいち照れるな






昨日は無言のまま学校に行って(まぁ謙也の顔が終始真っ赤だったからこのへんは許容範囲)、そのあとの授業は妙にそわそわしてる謙也を眺めてた。わたしも同じくらいそわそわしてたと思う。

だって、謙也の家に泊まれたんだもん。それに、抱き締めてくれた。…当の本人は寝惚けてたけど。


そんな状態の謙也がわたしを避けだしたのは放課後になってからのこと。
いつもどおり、部活が終わるまで待とうとすれば「今日はええ」と無理矢理帰されちゃったし、メールもそっけないし、電話も出てくれない。
財前くんに『謙也が冷たい。どうしよう』とメールしたら『先輩らほんま面倒』って返ってきたから(先輩にタメ口ってどうなの?)、昨日はそれで諦めた。





「あ、謙也!」
「…っ!!」





そんな謙也と、昼休みにやっと会えた。…休み時間になるたびにどっか逃げてくんだもんなぁ。さすがスピードスター…じゃなくて。
わたしが声をかけると、謙也は目を合わせた途端に逃げ出した。



「(また前みたいに逃げた…!)」




泣きそうになったけど、それよりも先に怒りが込み上げてくる。なんなんだよあのヘタレ!
廊下を走る謙也を追いかける。けれど、ぜんぜん追いつけない。

悔しさを堪えて走るわたしには、たとえ大勢のひとがいる廊下でも、謙也の背中しか見えていなかった。…うそ、途中でびっくりした顔の一氏くんと目が合っちゃった。驚かせてごめんね。






***





「み、みつ、けた!」


ぜえぜえと乱れる息を整えながら、謙也を指差す。空き教室に逃げ込んだ謙也は、わたしを見るとばつの悪そうな顔で俯いた。




「なんで逃げるの!」
「な、なんや恥ずかしくて」
「……女の子じゃないんだからさぁ!」



脱力しそうになり、近くの机に両腕を乗せて身体を支える。なんだその理由。全力疾走したわたしが馬鹿みたい。
…第一、照れるほどのことしてないし!たしかに泊まったり抱き締めたりなんて、今までの謙也に比べたらすごい進歩だけど!


文句を言おうと口を開いて、やめる。まだ呼吸が安定してなかった。
どくどくと煩い心臓に深呼吸を繰り返し、それから、謙也へと近寄る。
謙也はわたしの顔を見つめてぎょっとすると、一歩一歩と後退った。





「わたしの目を見て、好きって言って」
「は!?」
「…この前言ってくれたじゃん」



俺、嫌いになんかなってへん。ちゃんと好きや、って。
あれ、ほんとに安心した。
なにか行動するとか、ヘタレなところを直してくれるより、謙也の言葉が一番ほっとしたんだよ。




「あ、あれは、名前が俯いてたらできたんや!」
「……。う、俯いてたらって…なにそれ」




…馬鹿正直すぎて言葉が出てこない。

じゃあ、わたしの目を見て言えないってこと?謙也の気持ちはそのくらいなの?
ねえ、わたしは言えるよ。謙也。








「けん…や、なんて、嫌い」



そう告げた途端、喉の奥が苦しくなった。涙でぼやけた視界に、謙也の困った顔が映る。
ああ、こんな謙也を包み込んでくれるような女の子の方がいいのかな。わたしじゃだめなのかな。





「名前、」




わたしを呼ぶ謙也の声。どうしようもなくみじめになって、顔も見ずにドアを開ける。
ごめんね、と呟いた言葉は、謙也に聞こえていただろうか。