行き場の無い手







「うっわ…きしょい」








目の前で思いきり眉間を寄せる財前に、思わず後退ってしまう。
な、なんでそんな睨んでくるねん。ちゅうか、きしょいって何や!


放課後の部活。
シングルスとダブルスの練習試合でコートを使っている間、余ってしまった俺と財前は何気ない会話を繰り返していた。(や、俺が一方的に話してるだけやねんけど…)


名前が手握ろうとしてきたから逃げたとか、女子と握手した話したらいきなり元気なくなった、とか。


……女心はようわからん。
せやけど、あの後白石と小春にめちゃくちゃ怒られたから、多分俺がまたアホなことしたんやと思う。今だって、財前に睨まれとるし。







「そんなんしてたら愛想尽かされるんちゃいます?」
「え」
「ヘタレにも程があるっちゅうことっすわ」





財前は呆れた顔でそう告げると、手に持っていた紙パックの善哉をじゅうう、と吸う。
…よく運動したあとに甘いモン飲めるな…。あ、ちゃうちゃう。そういう話やないわ。





「えーと…それ……ほんま?」
「俺は名前先輩ちゃうんで。でもまぁ、俺やったらもう別れてますね」








しれっとそう言われて、血の気が引く。財前は善哉を飲み干し、紙パックを片手で潰した。
別れ、とるって。えっ…そんなレベルなん?


せやかて、名前の顔見とるだけで心臓破裂しそうなぐらいドキドキしてんねん、俺。んで、ゆっくり行動していこう思ってたんやけど、……猶予もないっちゅうことか?
ああでも白石には「ゆっくりすぎや。三ヶ月やで」って言われたし……あれ?相当アカンのちゃう?この状況。


目の前が真っ暗になるような錯覚がし、フェンスに寄りかかると、財前は苛々したように溜息をついた。




「謙也さん、オトメンやないんすから」
「お、おとめん?」
「……童貞くさいって言うとるんです」
「どっ……!!!」






「…ほんまに後悔しますよ」



財前はそう言い捨ててコートに入り、その頭を叩こうとした俺の手は、行き場がなくなった。






 




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