喧嘩の原因はこっちなのに








「で、嫌いって言っちゃったんだ…」
「……なるほど」




白石くんがぽつりと呟き、頷く。廊下の壁に寄りかかって、溜息をついた。何であんなこと言ったんだろう、わたし。


昨日の謙也の顔を思い出して俯いた。頬にかかる髪の毛は少し痛んでいて、余計に悲しくなる。上靴の爪先を見つめていると、隣で同じように立つ白石くんが「謙也は、」と口を開いた。




「名前が好きすぎるんやなぁ」
「…うーん…」
「はは、納得できへんやろ」




かかとでトントンと壁を叩きながら、苦笑いする白石くんを横目で見つめる。好きすぎる、ってどういうことなんだろう。普通、好きだったらスキンシップとか、激しくなるもんじゃないのかな。




「…まぁ、名前が気にすることやないで。あいつが男見せるときや。…な、謙也」




白石くんがくすりと笑ったのが聞こえて、顔を上げる。
廊下の向こうに、いつになく真面目な表情の謙也がいた。








***






ぐずついた天気の空を見上げて、それから、前を歩く謙也の背中を見つめる。

謙也に連れられて屋上に来た。外気に晒された鼻先が冷たくなる。夏も終わりだなぁ。

…別れ話でもされるのかな。仕方ないよね、わたしが嫌いって言っちゃったんだし。いつの間にか、白石くんもいなくなっちゃった。
涙が滲んでくるのを感じ、余った片手で瞳を覆う。泣いちゃだめだ。わたしが原因ならしょうがない。



ああ、でも、別れたくないな。
嗚咽が漏れないように唇を噛んでいると、わたしの手首を掴んだ謙也が立ち止まった。





「昨日、ほんまにごめん」






手の熱を感じながら、目を丸くする。


別れ話じゃ、なかったんだ。


ぼろぼろと涙が溢れてくるのを感じ、慌てて俯く。こんな情けない顔、何回も謙也に見られたくない。






「…俺、名前のこと泣かせてばっかりやな」
「ご、ごめ、違うの!てっきり別れ話だと…思ってたから」
「そんなんせぇへんわ!」


ぎゅっと頬を包み込まれて、涙が止まった。謙也ってこんなことするっけ。




「ずっと、名前のこと不安にさせてたんやなって思って。ごめんな」
「でも…わたしが、嫌いって言ったのが原因なんだし」
「名前がそういう気持ちになってたってことやろ」
「……そうだけど…。あ、わたし、謙也に謝ってない」




ごしごしと指の腹で目尻を拭われながら、そう呟く。
眉を寄せるわたしに、謙也は不思議そうに首を傾げて「謝ってたやん。昨日」と言い返した。…聞こえてたんだ、あれ。




口元が緩むのを抑えようとしたら、余程へんな顔をしていたのか、謙也が吹き出した。
思わずむっと唇を尖らせると、謙也の指が首筋を這う。う、わ。なんか、ぞくぞくした。け、謙也のくせに。




「…、可愛い」
「っな…!か、かわいくない、から」




照れたように言われて、心臓がぎゅうと痛くなる。息をするのも難しいくらい、どきどきしてる。引っ込んだ涙がまた出てきそう。


顎を引くと、フェンスががしゃんと鳴った。
肩先から後ろを見つめて、いつのまにか追い詰められていたことに気付く。うう、ヘタレはどこにいった…!!





謙也の瞳がすっと細くなって、鼻先が当たるぐらい近付かれる。
ち、ちかい。何この距離。

泊まったときに抱きしめられた感触を、今になって思い出してしまう。生温い謙也の指が、わたしの髪の毛を梳いた。首の後ろから項を撫でられると、背筋が粟立つ。










「名前、好きやで」






何も言えずに唇をつぐむと、意地悪そうな顔をした謙也と目が合った。




 




×